スウェーデン王立科学アカデミーは2021年10月5日、今年のノーベル物理学賞の受賞者として、日本出身で現在は米国籍の真鍋淑郎氏、ドイツのKlaus Hasselman氏、イタリアのGiorgio Parisi氏の3人を発表した。
真鍋氏とHasselman氏の授賞理由は、「地球の気候の物理モデル化と変数の定量化、地球温暖化の信頼性ある予測について」。一方、Parisi氏は、「原子スケールから惑星スケールまでに適用可能な物理系における無秩序とゆらぎの相互作用の発見について」である。
大気自身の太陽光による温まり方を計算
ここでの真鍋氏の業績は、1967年に世界で初めて、水蒸気やCO2を含む大気自体に対する太陽光の照射と熱輻射の平衡状態や対流をモデル化し、CO2濃度と大気の温度の関係を高い精度で計算したことだった。それ以前にもCO2濃度の影響を見積もる試みはあったものの、太陽光は大気を素通りし、その熱は地表からしか伝わらないと考えていたことで、信頼性が低い結果しか得られていなかった。
真鍋氏は王立科学アカデミーからの電話インタビューで、この研究を始めた動機について聞かれて、「東京大学の大学院に進んだ際に、ちょうどフォン・ノイマンがコンピューターで流体力学の方程式を解いて物理法則に基づいた天気予報を実現しようと少人数での研究を始めていた。それまで天気予報は過去の天気図と経験に基づく“芸(art)”の一種で、科学とはいえなかった。(ノイマンの影響で)気象学を専攻することに決めた」と回答した。
明日の天気予報は外れても数十年後の気候変動の予測は可能
Hasselman氏はその約10年後の1976年、場所や時間によってほぼランダムかつ急激に変動する気象と、非常にゆっくり変動する気候を統一的に説明する理論を発表した。これによって、明日や数日後の天気予報の難しさと、長期的な気候変動の信頼性の高い予測が両立することを示した。
地球温暖化問題の“懐疑派”の中には、今でも「明日の天気予報が当たらないのに数十年後の予測ができるわけがない」ことを信じない理由に挙げる人がいるが、その問題を45年前に解決したことが地球温暖化問題を考える出発点になっているわけだ。
一方、Parisi氏の研究は上の2人とは分野が大きく異なる。授賞理由の中の「物理系」とは具体的には、磁性を持たない金属に鉄など磁性を持つ金属を微量加えた合金のことで、その微小な磁性体(スピン)だけをみれば、非晶質に似た分布になることから「スピングラス」と呼ばれる。Parisi氏は1980年ごろから、このスピングラスの理論的研究で大きな業績を残した。
一見すると気象や気候とは全く関係がないが、スピングラス中のバラバラの方向を向いた個々のスピンとその平均を取った巨視的な磁性の関係は、Hasselman氏が解明した気象と気候の関係に似ているともいえる。ちなみにスピングラスを一部単純化した理論が「イジングモデル」で、その振る舞いはカオス力学系の一種と考えられる気象や気候とよく似ている。
イジングモデルの応用範囲は非常に広い。組合せ最適化問題をイジングモデルを使って解く手法「シミュレーテッドアニーリング(SA)」が1983年に開発され、最近ではその専用マシン(イジングマシン)が続々と開発されている。このほか、数学、機械学習、脳神経学などへの応用が広がっている。