用語解説

 液晶は,液体の持つ流動性と結晶の持つ性質を併せ持つ有機材料で,液晶ディスプレイ(LCD)の表示材料として使われる。「液晶材料」や「液晶ブレンド」と表記されることも多い。

 液晶の発見そのものは古く,1888年にオーストラリアの植物学者F. Reinitzerが最初に発見した。しかし,表示素子として利用できるようになったのは1964年に米RCA社のG. H. Heilmeierらが,液晶の動的散乱(Dynamic Scattering)と呼ぶ効果を発見してからである。

 液晶ディスプレイ(LCD)に使われる液晶は細長い棒状の分子構造を持っており,光学異方性(複屈折),誘電率異方性などの異方性を持っていることから,(1)配向膜の溝に沿って液晶分子が並ぶ,(2)電圧をかけると液晶分子の並び方が変わる,(3)光は液晶分子の並んだ向きに沿って進む---という三つの特徴を持っている。

 この液晶を,細かい溝のある2枚の配向膜(alignment layer)で挟むと,液晶分子は配向膜の溝に沿って並ぶことになる。この2枚の配向膜の溝が直角になるようにすると,液晶分子は例えば90°ねじれることになる。

 液晶パネルの作成に当たっては,この配向膜で挟んだ液晶層をさらに,透過させる光の振動方向が違う二つのPVA偏光フィルムで挟む。バックライトから来た光は360°すべての方向に振動する光だが,PVA偏光フィルムを通ることによって,一定方向に振動する光(直線偏光)だけを取り出して液晶層に入射させる。

 液晶分子は前述のように90°ねじれているために,光もそれに沿って90°ねじれて振動方向が変わってもう一方の偏光フィルムを透過することができる。ここで,液晶分子に電圧を加えると,液晶分子は電界の方向に沿って向きを変える。すると,入った光はねじれずにそのまま透過して2枚目の偏光板の方向と合わずに遮断されることになる。こうして,電圧をオン/オフすることで,バックライトからの光をオン/オフすることで表示しているのがLCDの原理である。

液晶モードの工夫で性能向上

 液晶は分子配列の仕方で,ネマチック,コレステリック,スメクチックの3種類に分けられる。このうち,LCDに使われることが多いのはネマチック液晶である。 また液晶材料そのものは,エステル系,ジオキサン系,ビフェニル系などの十数種類の有機化合物を混合したものである。

 また液晶分子をどう配向させるかによって,(1)TN(Twisted Nematic)モード,(2)STN(SuperTwisted Nematic)モード ,(3)IPS(In-Plane Switching)モード,(4)VA(Vertical Alignment)モード,(5)OCB(Optically Compensated Bend)モード ---などに分類される。

 (1)TNモードは,上述したように二つの配向膜にはさまれて液晶分子が90°ねじれているものである。初期のパッシブ・マトリックス型(対向配置されるストライプ状の上部電極と下部電極の交点部分を各表示画素としてマトリックス制御するタイプ)やアクティブ・マトリックス型(各表示画素を薄膜トランジスタなどのスイッチ素子で直接制御するタイプ)に使われている。

 (2)STNモードは,配向膜にはさまれた液晶分子が180~270°程度ねじれているものである。液晶分子のねじれ度合いが大きいために偏光の効率が良くなり,コントラストを高くできる。

 (3)IPSモードは,ガラス基板に対して液晶分子が水平面内で回転させるモードである。画素電極は一方の基板のみに配置されている。電界オフ状態の場合,入射した直線偏光の光は偏光方面が液晶分子と平行なため偏光方向が回転せずに通過できない。オンの場合,液晶分子が電界方向に並んで偏光板の直行方向からずれるために光は通過できるようになる。TNモードのように斜めに液晶分子が立ち上がることがないために,広い視野角が得られるという特徴がある。

 (4)VAモードは,電界オフの場合も液晶分子が基板に対して垂直に立つように配向させるモードである。この場合,直線偏光の光は液晶分子の影響を受けずにそのまま通過するために,一方の偏光板で遮断される。電界オンの場合,液晶分子は水平に倒れて直線偏光の光が通過できるようになる。

 (5)OCBモードは,電源オフ時に,液晶分子が「ベンド配向」と呼ぶ弓形の状態に配向するのが特徴で,応答速度が5ms程度と速いのが最大の特徴である(Tech-On!の関連記事)。液晶層で発生する複屈折を光学補償フィルムでで補償することによって広視野角を実現している。

 また,上記のモードにはネマティック液晶が使われることが多いが,自発分極を持つ液晶分子を使う強誘電性液晶も開発されている。強誘電性液晶は厚いセル内に注入すると分極により,らせん構造をとるが,薄いセル内に注入すると表面の規制力などによってらせん構造が解けて安定化する。電界をかけると分極が電場方向に揃うが,電界を解除しても分極方向が保持されるメモリー効果を持つ。

供給・開発状況

2006/05/26

メルク,チッソで世界市場を独占


【図】IPSモード採用の液晶パネル(クリックで拡大表示)

 液晶ディスプレイ向けの液晶材料の世界最大手は,ドイツのメルク社で70%程度のシェアを握っていると見られる。それに続くのが日本のチッソでこの2社で世界市場をほぼ独占している。

 今後の液晶材料の動向を見るうえで重要なのは,需要が拡大している液晶テレビ向けの液晶材料の主流が何になるかだ。シャープ,韓国勢,台湾勢などが液晶テレビ向けに採用しているのがVAモード液晶である。VAモード液晶については,メルク社が物質特許を抑えると共に,液晶パネルメーカー各社と共同で開発を進めたことから,ほぼ全量を供給しているようだ。だだし,チッソもVAモード液晶への参入を表明している。

 今後は,IPSモードやOCBモードについても,液晶テレビ向けに採用されていくだろう。IPSモードについては,開発者の日立製作所が今春よりIPSモードを採用した32型液晶テレビを発売しており(Tech-On!の関連記事),これに採用されるパネル技術を4月に開かれた展示会で発表した(図)。パネルの生産は,IPSアルファテクノロジーで行う。今後,IPSの採用は徐々に増えていくと見られている。

 IPSモード向けの液晶材料についてもメルク社が先行しているが,チッソも独自分子を開発して採用を働きかけている。

 またOCBモードについては,高速応答性から注目されており,今後採用が進みそうである。OCBモード液晶材料については,チッソが特許を抑えており,全量供給する体制をとっている。

チッソ,液晶事業好調で増産へ

  チッソは,液晶および関連材料が好調であることから,水俣病補償問題をかかえながらも業績は好調に推移している。2006年5月18日に発表した2006年3月期連結決算では,売上高1996億3500万円(前期比32.5%増)で増収,経常利益は169億7300万円(同36.6%増)で2年連続で最高益を更新した。

 このため液晶材料の生産能力を増強する計画を打ち出している。年間生産能力を現在の2倍の300t程度に引き上げる予定だ。日本では,水俣製造所(熊本県水俣市)内に,約20億円前後を投じて新工場を建設する方針という。海外工場についても,台湾の台南サイエンスパークに新工場を建設し,日本で生産する液晶単品を持ち込んで,現地顧客の需要に合わせた配合品を出荷する予定だ。新工場の完成は,2006年9月を予定している。韓国については,2005年11月に竣工したチッソ韓国玄谷工場(京畿道平澤市)の本格量産が始まった。韓国工場と今回の台湾工場を合わせた総投資額は約50億円という。同社としては,これで台湾,韓国,日本の3カ国で液晶およびその関連材料の供給体制が整うことになる。

チッソ,UV照射で液晶分子の配向状態を固定化できる重合性液晶材料

  新規な液晶材料の開発も活発化している。例えばチッソは,紫外(UV)光を照射することによって液晶分子の配向状態を固定化できる重合性液晶材料を「FPD International 2005」で発表した。液晶パネルの視野角を改善する位相差フィルムや光学補償フィルムなどの替わりに使える可能性が高いという。

 重合性液晶材料の利点は,(1)塗布によって形成でき,偏光板や液晶セルの製造時に同時形成すれば,位相差フィルムや光学補償フィルムの張り付け工程が不要になるほか,接着層をなくせる,(2)位相差フィルムや光学補償フィルムは厚さが50~100μmあるが,重合性液晶材料は1~5μmで済む,(3)水平配向,ハイブリッド配向,垂直配向,ツイスト配向など液晶分子のさまざまな配向状態を作れる---の4点である。

液晶材料にナノ粒子を添加,駆動電圧を約20%低減

 宇部マテリアルズは,液晶パネルの低消費電力化に寄与する高分散性ナノ粒子を開発し,液晶材料に添加することで液晶駆動電圧の低減と応答速度が向上する現象を山口東京理科大学教授で液晶研究所所長の小林駿介氏と共同で確認したと発表した。ナノ粒子の粒径は10nm以下である。

 同ナノ粒子は,原料を高温・高圧で気化させることによって作製する。一般に粒子は微細になるほど再凝集しやすくなるが,同社はコーティング材料の組み合わせや加工処理の工夫により,溶媒中において優れた分散性を可能にしたという。なお,ナノ粒子が液晶の駆動電圧低減や応答速度向上に寄与するメカニズムについてはまだ分かっていない。同社は今後,現象を解明し,低消費電力の液晶パネルの実現に取り組むという。

ニュース・関連リンク

部材メーカーがますます強くなる

(日経エレクトロニクス2006年5月22日号Cover Story)

強誘電性液晶パネルがリバイバル──シチズンが電子棚札や腕時計,電子ペーパーを狙う

(Tech-On!,2006年4月13日)

三洋エプソン,BOE HYDISと超広視野角化技術で提携

(Tech-On!,2006年3月14日)

【FPD】チッソ,UV光で液晶分子の配向状態を固定化できる重合性液晶材料を紹介

(Tech-On!,2005年10月20日)

液晶材料にナノ粒子を添加,駆動電圧を約20%低減した液晶パネルを開発

(Tech-On!,2005年6月20日)

拡大続ける韓国液晶産業に対応,チッソが液晶関連材料の生産拠点を建設

(Tech-On!,2005年3月31日)