前回は、1995年の阪神・淡路大震災を教訓に自家発電設備を六本木ヒルズに導入した森ビルの事例を「停電と無縁の六本木ヒルズ、震災直後に東電に電力供給」として紹介したが、阪神・淡路大震災のはるか前から自家発電設備を導入している企業は相当数ある。独立系発電事業者(IPP)や特定規模電気事業者(PPS)という形で、その余剰電力を東京電力などの一般電気事業者や電力の取引市場に販売している例も多い。それらの発電規模の合計は、一般電気事業者の発電規模に匹敵するほど大きく「埋蔵電力」などとも呼ばれる。しかし、現時点では電力市場の自由化が進んでいないため、特に災害時にこれらの大量の電力を有効活用できていないのが実情である。

 大型の自家発電設備を持つ企業の代表例の一つが「大口自家発電施設者懇話会」という業界団体を構成する会員企業群である。同懇話会は、1973年の第一次石油ショックをきっかけに結成された。現在の会員数は各種メーカー52社と1団体(日本工業協会)の全53組織。中心となるのは、王子製紙や日本製紙などの製紙業大手、新日本製鐵やJFEスチール、神戸製鋼所などの鉄鋼メーカー大手、三菱化学や帝人、昭和電工、チッソなどの化学大手、石油/ガス系のエネルギー企業などだ。自動車大手として唯一、トヨタ自動車も参加している。現時点では、エレクトロニクス・メーカーはいない。

東北電力1社を超える発電規模

 同懇話会によれば、会員企業のうち、IPPを除くメンバーの自家発電設備の設備容量の合計は、2010年時点で1779万5000kW(17.795GW)で、日本の主な自家発電設備の約半分を占める。典型的な原子力発電プラント約18基分で、電力会社でいえば電源開発の設備容量を超えて、2009年度の東北電力のそれに肉薄する。これにIPP、例えば新日本製鐵、JFEスチール、昭和電工、神戸製鋼といった企業の発電設備の容量を加えると、東北電力を凌ぎ、九州電力に匹敵する発電能力を備えていることになる。

各電力会社・団体の電源設備容量を示した。一般電気事業者のデータは資源エネ ルギー庁が公表した2009年9月時点のもの、大口自家発電施設者懇話会のデータ は、会員企業が2010年3月に申告した値の合計。図:大口自家発電施設者懇話会。

 もちろん、通常これらの設備で発電した電力や排熱の大半は、本来の目的である工場などの操業に用いられている。大半は火力発電の範疇に入るが、必ずしも化石燃料を使うとは限らない。例えば、製紙系の会員企業は、「黒液」と呼ばれる紙パルプの廃液を燃料にしてタービンを回す。今でいう「バイオマス発電」を何十年も前からやっていたわけだ。ただ、こうした方式では、おいそれと余剰電力を増やすことはできず、発電した電力の大部分は自家消費される。

 石油を燃料に用いる企業も厳しい状況にある。「最近は石油の値上がりで、自家発電を止める企業も出てきた。特に2008年の石油高騰時に会員数が減少した」(ある会員企業)。こうした状況を反映して、懇談会の会員企業が外販している電力量は2005年時点で、自家発電量全体の約7%に過ぎない。

電力自由化推進で一致

 大口自家発電施設者懇話会が電力事業に望む変化は、一にも二にも「電力のさらなる自由化」だ。「電力自由化の推進は、懇談会の統一見解になっている」(ある会員企業)という。現在の一般電気事業者10社による地域独占体制の下では、せっかく発電した大量の電力を柔軟に運用することが難しいためだ。例えば、ある工場で発電した電力を別の地域にある自社の工場や本社ビルに自由に送電することはできない。それをするには、一般電気事業者の送配電網を高額な使用料(託送料)を払って借りる必要がある。また、送電した電力と消費した電力は高い精度で一致させなければ、高いペナルティー料を支払うことになる。

 会員企業の何社かは、余剰電力の外販事業をさらに拡大したいと考えている。2005年10月に経済産業省 総合エネルギー調査会に大口自家発電施設者懇話会が提出した資料によれば、会員企業の36%が電力取引市場への参加を希望した。一部の会員企業は、発電設備を燃料代が安く、発電効率も高いガス・タービン・コンバインド・サイクル(GTCC)などに切り替える例が出てきており、市場に余剰電力を出しやすくなっていることも背景の一つといえる。しかし、希望はしても実際にはなかなか踏み出せないというのが実態だ。上述の託送料やペナルティー料によって既存のIPPやPPSの経営は大きな利益を出せず、青息吐息というのを知っているからである。

 電力の卸売りを考えていない場合でも、「電力の需要家として、電力をもっと安く調達できるようになることを望む立場から、電力の自由化を支持する声が多い」(ある会員企業)という。

 彼らによる電力自由化の議論は、最近話題の「発送電分離」さえもターゲットにする。会員企業の多くが発送電分離を推進すべきという立場だ。前述の資料でも大口自家発電施設者懇話会は、「発電費用と送配電の費用を明確に区分するか、それが出来ない場合は、発送電分離をすべき」という見解を出した。