GoogleのAndroidへの本気度には疑問が残る

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 最後のまとめとして,米Apple Inc.とGoogle社を比べてみましょう。Apple社にとって,デバイスは当然,収益源です。彼らは40%の粗利益率を今後も保とうとしますから,消費者にとって魅力があるデバイスを開発するにはどうすればいいか,それからコストを下げるにはどうすればいいかをこれからも考えていくと思います。

 Apple社が怖いのは,「iPad」のようなデバイスを500米ドルで出せるところです。彼らは40%の粗利益率,製品価格に対しては60%程度の利益率を確保できなければ,おそらく製品を出しません。つまり,iPadを200米ドルで作れる力を持っているのです。同社にとっては,デバイスが一番の収益源になります。OSに関して言うと,Apple社はあくまでもソフトウエアのDNAを持つ会社なので,同社にとってOSは差異化要因に当たります。

 これに対してGoogle社は,デバイスもOSもコモディティー化していくものだと見ています。興味深いことに,Google社はソフトウエアの会社であり,ソフトウエア技術者にとって魅力的な会社であるのにもかかわらず,クライアント側のOSは同社にとって所詮,コモディティーなんです。

 注目すべきなのは,Google社の中で本当に優秀な技術者は,サーバー側の開発を担当しているということです。クライアント側のOSを開発するには別の種類の優秀さが必要ですが,Google社の内部では,クライアント側の開発は,同社が言うところの「トップ・サイエンティスト」の仕事ではありません。Google社が抱えているトップ・レベルの天才たちは,いかに検索の効率を上げるか,ユーザーのクリック数を上げるか,データを正しく格納するかといった,統計の仕事やユーザーからの情報に応じて一番,利益が出る仕組みを作るといった仕事に頭脳を使っている。彼らから見ると,ある意味,OSなんて簡単なんです。

 もちろんAndroidの担当者は真剣に取り組んでいるでしょうが,Google社全体からすれば片手間で開発しているOSなんです。同社は「もうOSには価値はない」「Microsoft社がやってることなんて,たいしたことではない」「自分たちはOSくらいは無料で提供できる」と言っているに等しいのです。OSに対する見方が,他社とは全然違います。私は昔はOSを作っていましたから,もしOSを開発したいのであれば,Google社ではなくApple社に行きます。Google社に行くなら,サーバー側の開発を担当させてほしいと言います。

 こうしたGoogle社の姿勢が,最終的にAndroidの品質に影響するかもしれないという懸念はあります。「OSをコモディティー化していく」という方向性で,Microsoft社やApple社に本当に対抗できるOSを作れるかというと,かなり疑問です。だから,機器にAndroidさえ載せればApple社に対抗できる,と思うのは間違いです。

 通信に関しては,Apple社とGoogle社にとっての位置付けは似ています。通信事業者はパートナーであると同時に,通信自体はコモディティー化してほしいわけです。Apple社は米AT&Tと組んでiPhoneを売っていますが,Apple社の本音としては通信にはあまりお金を取ってほしくない。Apple社とAT&T社の関係は,かなり微妙な状況です。Google社も同じです。Google社としては通信費は安ければ安いほどいい。でも今の状況を考えると,やはり通信事業者と組まない限りビジネスはできない。おそらくApple社とGoogle社は,通信事業者と愛憎半ばする関係を続けることで影響力を強めていき,徐々に通信事業をコモディティー化していくのではないかと思います。

 流通に関しては,Apple社は自社の流通の仕組み,すなわち「iTunes Store」を完全に差異化要因だと考えています。ただ,収益源として見ているかどうかには若干,疑問が残ります。iTunes Storeにもかなりのお金は流れていますが,同社としてはiTunes Storeはメインの収益源ではなく,やはりデバイスがメインの収益源だと考えているのでしょう。

 Google社も流通の仕組みとして「Android Market」を始めました。ただ,「せっかくAndroidを出すなら,アプリケーションも必要なので用意した」という程度のものです。Apple社のiTunes Storeに対する本気度とGoogle社のAndroid Marketに対する本気度はかなり違うので,注意する必要があります。Android Marketに関しては,Google社にはしごを外される可能性があるのではないかと心配しています。もっとも,必ずしもGoogle社が流通の仕組みを手掛ける必要はありません。他社が提供してもいいですし,携帯電話会社ごとにAndroid向けのアプリケーション・ストアができる可能性も十分あると思います。

 広告は,当然,Google社にとっての収入源です。一方,Apple社が収入源と見なしているかどうかはよく分かりません。Apple社は最近,モバイル向けの広告事業を手掛ける米Quattro Wireless社を買収したので,ひょっとすると携帯電話機やモバイル端末の広告ビジネスに進出する可能性はあります。しかしどちらかと言うと,iTunes Storeと同じように,iPhone用やiPad用のアプリケーションを開発するデベロッパーにお金が流れる仕組みを提供しようとしているように見えます。

 コンテンツ提供者は,Google社にとってもApple社にとってもパートナーです。ただし,Google社とApple社の取り組みはかなり異なります。Google社は,書籍の全文検索サービス「Book Search」のために書籍をどんどんスキャンしていくといったこともしています。Google社にとってコンテンツは完全にコモディティー化すると困るものですが,できればコンテンツもなるべく安く流通させたい,もしくは少なくともコンテンツのインデックス化はしたい,という微妙な本音があります。

 一方,Apple社にとっては,コンテンツ提供者とのパートナーシップは要になるものです。同社は,音楽の流通事業でやったのと同じことを映像と書籍でも行おうとしています。これは消費者にとって良い話であり,私はとても応援しています。今までの放送利権やCATV会社が持つ利権をぶち壊し,インターネットを通して映像を安価・手軽に視聴できる時代が来てほしいと思っているので。その先駆者が,今はApple社なのです。ただ,Apple社と敵対している会社には「Apple社という特定の会社にそれをやらせていいのか」という思いが強くあります。その点には注目しておかなければなりません。

―― 最終回へ続く ――


 中島聡氏の講演の動画はUSTREAM UIE Japanチャンネルで公開されています。この講演に対するTwitterでの反応は#AppleGoogleImpactというハッシュタグで見ることができます。