分子通信について講演する,NTTドコモの森谷氏
分子通信について講演する,NTTドコモの森谷氏
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NTTドコモが研究開発中の分子通信システム
NTTドコモが研究開発中の分子通信システム
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NTTドコモが想定する当初の用途
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将来的な用途
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 NTTドコモ,情報通信研究機構(NICT),慶応大学は,現在開催中の「電気情報通信学会 2008年 ソサイエティ大会」で,分子通信をテーマにしたチュートリアル講演会を開いた。

近い距離の通信に脚光

 分子通信は,生体内でホルモンや神経伝達物質,フェロモンなどを運ぶ仕組みを利用して化学物質を通信相手に運ぶ技術を指す(「日経エレクトロニクス」誌の関連記事)。

 これまで通信では,遠く離れた場所にいる相手とのやり取りが多かった。このため,伝送媒体には主に,電波や光を含む電磁波が使われてきた。最近はむしろ,非常に短い距離における,低消費電力でしかも小型化,微細化に向く通信技術が必要とされてきている。ところが,数cm以下の距離では伝送媒体に電磁波を使うことは最適とは言えず,電磁波とは異なる種類の電磁場が用いられるようになってきた。

 例えば,ソニーが開発した近接通信技術「TransferJet」は,周波数に対応する波長より短い距離にしか届かない近傍界の電磁場を伝送媒体として利用する。人体通信の中には,人間の肌表面を伝播する,最近になって「クリーピング波」と呼ばれるようになった電磁場の表面波を利用するものがある。

 今回の分子通信は,伝送媒体として電磁場を止め,生体内の化学物質の運搬機構を利用した。2003年から同技術を研究しているというNTTドコモ 先進技術研究所 先進技術研究グループ 研究主任の森谷優貴氏は,当初想定する用途に,汗などを検査して,半ば常時健康診断をする携帯電話機を挙げる。

 生体物質を検査・診断する技術の中には,トランジスタ技術とバイオ・センサを組み合わせた「DNAチップ」などもある。森谷氏は,分子通信の特徴として,「生体物質を『送信』した地点から『受信機』のある少し離れたところへ物質を運ぶ過程で,不要な化学物質をフィルタリングしたり,化学物質ごとに振り分けたりできるため,バイオ・センサとしての寿命が長く,効率も高められる」点を挙げる。

 森谷氏は,さらに将来的な用途として,動植物の要求やストレスを読み取ったり,生体内バイオ・ナノマシンによる自動健康診断システム,以前の興奮や感動を記録・再生できる生化学状態メモリ,家族や知人と興奮や感動を共有して心を通わせる「通心」などを挙げた。

 分子通信は2005年ごろから重要な研究テーマとして世界的な広がりを見せ始めているという。「2008年2月には,米NSF(National Science Foundation:国立科学財団)が分子通信に予算を出す状況になってきた」(森谷氏)。ただし,海外は理論的な研究が多く,「我々のように実際にシステムを作製して動かしている例は少ない」(同氏)とした。