ITが支える

 第3の理由は,金型の設計から製造に至る業務の流れを統括するソフトウエアを自社開発したことだ。「Foxconn Rapid Tooling(FRT)」と呼ぶ。金型設計の工程の割り振りから始まって,金型加工装置への設計データの自動転送,無線タグを使った金型の製造工程の管理を一貫して行う。設備や人材を24時間ムダなくフル活用できるのは,このシステムがあればこそという。顧客からの筐体の設計変更も,FRTに入力するだけで各工程の技術者に即座に指示できる。常に現場からFRTへの改善案が提示され,30人のソフトウエア技術者が改良を加えている注12)

注12)金型の設計図をデータベース化して再利用する手法,そして設計から試作まで統合ソフトウエアを用意する手法は,携帯電話機の筐体試作を手掛けるインクスの手法に近い。同社 CEO/代表取締役の山田眞次郎氏もこれを認める。Hon Hai社のGou氏は1998年ごろからインクスを度々訪問し,山田氏が同様の構想を持っていることを知って「データベース化の構想は間違っていない」と確信を持ったという。インクスの場合,初期生産用の金型を1型当たり最速で48時間,1セット分(10~20型)なら最速で7日で仕上げるという。 2002年から量産金型を生産しており,10万個ほどの量産にも対応できるようになったという。

 日本の金型メーカーでは,これらの仕組みを導入することは難しい。従業員数十人ほどの中小規模メーカーが多く,製造装置の融通が利きにくいためだ。「もし,他の仕事を中断して装置を開けておき,昼夜問わず作業をするなら,7日での納品も不可能ではないが…」(国内の金型メーカー)。工程のIT化に取り組もうにも,それぞれの会社の規模が小さいため導入費が高くなりがちだ。

 Hon Hai社の金型技術自体に対する顧客の評価も高い。例えば,同社が製造を請け負った携帯型ゲーム機「PSP」の筐体は,2種類の樹脂を連続して射出する2 色成形技術を使ってクリア層を成形している。「2色成形は金型に高い精度が求められる難しい技術だが,Hon Hai社は短期間で金型を内製した」(ある装置メーカーの技術者)注13)

注13) ただし,Hon Hai社が日本市場に向けた携帯電話機を手掛けた例はないようだ。国内向け携帯電話機は1機種当たりの数量が少ないほか,世界標準を超える高い精度を金型に求めるためだ。「国内機種向けの金型では,パーティング・ライン(金型の継ぎ目に当たる部分に生じる筐体の段差)の深さを3μm以下にしなければならないなど,細かい部分で精度が問われる」(国内金型メーカー)。

―― 次回へ続く ――