図1◎反射防止構造を形成したレンズ(左)と反射防止構造のないレンズ(右,コーティングもしていない)の比較。
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図2◎反射防止構造を形成する方法は,コーティングよりも工程数が少ない。
図2◎反射防止構造を形成する方法は,コーティングよりも工程数が少ない。
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図3◎シミュレーションにより,反射防止構造を設計した。
図3◎シミュレーションにより,反射防止構造を設計した。
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図4◎成形機の構造。真空中で圧力を掛ける。
図4◎成形機の構造。真空中で圧力を掛ける。
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図5◎モールド(上)とワーク(下)を拡大したもの。
図5◎モールド(上)とワーク(下)を拡大したもの。
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 NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は2008年5月21日,曲面ガラスレンズをモールド成形すると同時に反射防止構造を形成する技術を開発した,と発表した。表面の反射率は,波長530nmの垂直入射光に対して0.22%(図1)。この技術をデジタルカメラのレンズに適用することで反射が少なくなり,ゴーストやフレアなどの現象を抑えて,画質を高められる。Blu-ray Disc用のピックアップに使われる急勾配の傾斜を持つレンズにも利用できるという。

 この技術は,NEDOの「次世代光波制御材料・素子化技術プロジェクト」による成果の一つ。産業技術総合研究所と松下電器産業,日本山村硝子などが参画する。2007年には,平面レンズに対して反射防止構造を形成する技術を発表している(Tech-On!関連記事)。このときは,石英板の表面に反射防止構造を形成し,それをモールド成形してリン酸塩系のガラスを成形することで,反射率0.56%を達成した。今回は炭化ケイ素(SiC)を使い,曲面レンズに同様の構造を転写できるようになった。

 一般にモールド成形したレンズをそのまま使うと,反射率が高く,フレアやゴーストといった現象が起きる。そのため,レンズの表面に反射防止膜をコーティングすることで反射を防ぐが,コーティングにエネルギを多く使う上,人間の眼に見える光の波長帯(400n~800nm)の全体で反射を抑えるには,反射防止膜を何層にも重ねなければならない。それに対して,レンズ表面に反射防止構造を形成した場合,上記の波長帯全体で安定して反射率を抑えられる上,コーティング工程を省けてコストも下げられる(図2)。

 反射防止構造の原理は,以下の通りだ。レンズ表面に光の波長よりも小さな円すい/四角すい状の構造を形成すると,入射する光はレンズ表面がどこにあるのかを認識できず(空気とガラスの界面が判別できず),垂直入射の場合でも斜め入射の場合でもほとんど反射せずにレンズに入る。同プロジェクトでは,RCWA(Rigorous Coupled Wave Analysis)法でシミュレーションして最適な反射防止構造を設計。裾が重なり合った円すい状のパターンとした(図3)。

 今回,曲率半径が23mmの曲面モールドの表面に,周期が290nm,穴の深さが350nmの錘形の形状を形成。このモールドの表面にカーボン離型膜を形成し,リン酸塩系ガラスを成形した。具体的には,型をガラスが軟化する420℃程度まで加熱した後,真空中で,平面では5MPaに相当する圧力でプレスし,離型する(図4)。ここまでに掛かる時間は約3分。その後,約5分を掛けて冷却する。これによって曲面レンズ上にモールドの形状が転写され,反射防止構造を形成できた(図5)。

 モールドの作成に当たっては,まず,マスク材料の層を形成し,干渉露光用のレジストを形成してから,干渉露光現像によって微細なレジスト・パターンを作り出した。その後,マスクエッチング工程を経て,ドライエッチングによってマスクパターンを形成した。このとき,平面に加工する従来の技術では,電子線描画装置を使う。しかし,電子線描画装置はレンズ曲面には描画できないため,新技術では紫外レーザ干渉露光を採用した。

 屈折率が1.6以下の市販のガラスの場合,500℃以下で成形できるが,屈折率が1.7を超えると成形温度が500℃以上となる。そこで松下電器産業と日本山村硝子は,低温で成形できる高屈折率ガラスを併せて開発した。新しいガラスの屈折率は1.714で,成形温度は447℃。内部透過率は90%以上を実現している。

今回の技術では,型とワークで熱膨張率が異なるため,熱いうちに離型する。このとき,型とワークを無理やり引き離すのに近い状態になるので,下型でワークを保持しなければならない。このため,両面レンズには対応できない。今後の課題としては,成形レンズの高精度化とともに,レンズ両面への反射防止構造の形成が挙げられる。