「肖さんいる?」
ある日の夕方,日本人の製造部長が,作業員の宿舎(以下,作業員宿舎)にいる第二製造部の事務員の肖さん(仮名)を訪ねました。社長に頼まれた急ぎの資料を確認するためです。作業員宿舎は工場の隣にありました。女性作業員専用で,レンガ造りの4階建て。建物の中央には階段があり,その階段を中心に左右に4部屋ずつが各階に配置されていました。外から眺めると,まるでマッチ箱が並んでいるようです。
中国の建物は,日本と比べて傷みの進み方が非常に早い。工場と同時に建てたこの作業員宿舎は,それからまだ10年も経過していません。それなのに,既に何十年も使用し続けているかのような雰囲気です。モルタルで造った外壁には所どころにヒビが入り,レンガがむき出しになっています。かつて白色だった壁は,今ではグレーと黒のまだら模様。この奇妙な彩色の原因は黒カビです。西日が当たる壁からは草まで生えていました。
そんな作業員宿舎の階段を勢いよく駆け上がっていく製造部長に,思わぬ災難が降り掛かってきました。
「あっ!」
そう叫んだ次の瞬間です。「ドカーン」という大きな衝撃音に続いて,「ズルズルズルズル…」と何かが滑るような音が建物中に響き渡りました。
「痛ててててて…。何だよ,一体どうしてこの床はヌルヌルなんだ?!」
大声を上げた製造部長に,驚いた作業員たちが一斉に部屋を飛び出してきました。見ると,製造部長が床に座ったまま脚や腕をさすっています。製造部長は階段から転げ落ちてしまったのでした。
階段から落ちたワケ