日本と中国。歴史や政治,領有権の問題など一筋縄では行かない難しい問題が両国の間に山積することから,互いに「近くて遠い国」などと表現されます。最近では,2005年10月17日に小泉純一郎首相が靖国神社を参拝したことで,両国の今後の関係ににわかに注目が集まっています。こうした難題がすべて解決されるまでには,長い期間の対話や努力を要することでしょう。

 しかし,ものづくりにおいては,そうしたのんきなことを言ってはいられません。既に,両国はものづくりに関して互いに依存し合っているといっても過言ではないからです。

 多くの日本メーカーにとって,中国はコスト競争力の高い生産現場を提供してくれる存在です。あらゆる製品が世界市場で激しい競争を展開している中,低賃金の労働力が豊富に利用できる環境は,多くの日本メーカーにとって魅力です。しかも,このまま中国が順調に発展を続けていけば,近い将来,米国や日本,欧州に次ぐ極めて大きな市場に成長する可能性もあり,うまくすれば日本メーカーはそこで相当な利益を手にすることができるかもしれません。

 一方,中国にとっては,日本メーカーは投資によってインフラを整備し,工場などで多くの国民に労働の場を提供してくれる存在です。日本メーカーの技術者などを介して,高機能・高品質の製品を生み出すための技術やノウハウを手に入れ,中国メーカーが競争力を高めるきっかけを与えてくれる利点もあります。中国にとって日本は急速な経済発展を助けてくれる国の一つなのです。
 
 互いに大きなメリットを享受できるにもかかわらず,2005年春には中国において「反日デモ」が発生してしまいました(関連記事)。こうした反日感情は日本メーカーの中国現地工場にも飛び火し,従業員のストライキによる工場の生産停止といった事態が発生してしまったのは記憶に新しいところです。

 言うまでもなく,これは大変不幸なこと。反日デモが日中双方の製造業に残したものは,信頼関係の悪化や,売り上げや利益の損失,賃金や雇用の不安といったマイナス要素だけです。日本メーカーの技術者と中国の作業員とが互いに歩み寄り,これまで以上に良好な関係を築くことで,こうした事態を二度と繰り返さないように努めることが必要でしょう。

 そのために大切なことは何でしょうか。いろいろと考えられるのですが,今,最も重要なことは,相手のことをよく知るということではないでしょうか。日本メーカーの技術者が自らを省みると,実は「中国人の作業員のことをよく知らない」という人が多いはずです。相手を知らない,知ろうとしていない,あるいは,知る機会がないということが,中国人の作業員と良好な関係を構築する上での障害になっている。こうした場面は意外に多いのです。

 Tech-On!では,こうした問題意識を踏まえ,日系メーカーの中国現地工場で働く中国人の作業員の考え方や文化,習慣,生活環境など,彼らの“等身大の姿”を紹介する連載を開始することにしました。執筆者は,日系メーカーの中国現地工場で中国人の作業員と長年一緒に仕事をしてきた海外進出コンサルタントの遠藤健治氏。自身が経験した豊富な事例を踏まえながら,日本人の技術者と中国人の作業員が中国現地工場で良好なコミュニケーションを構築するために役立つ情報を,平易な文章で提供します。(日経ものづくり編集)