筆者が最後にインドを訪れたのは1979年の春から秋にかけて(このあたりについて書いた以前のコラム)。ざっと30年ぶりのインド訪問であった。今回はニューデリー近くをちょっと見ただけだが,この30年でインドはどう変わったのか。

 第一に自動車が増えた。30年前は英国車風の外観を持つ「アンバサダー」(Hindustan Motors社)と3輪車のオートリキシャが一般的で,ニューデリーの中心街(コンノートプレイス)でたまにベンツが走っているのを見るくらいであった。道路の横断など簡単であった。

図1 ニューデリーの中心街コンノートプレイスの交差点。クルマで埋め尽くされている
図1 ニューデリーの中心街コンノートプレイスの交差点。クルマで埋め尽くされている (画像のクリックで拡大)

 しかし今は,コンノートプレイス周辺の道路はクルマで埋め尽くされている(図1)。外国人にとっては道路の横断は命がけである。信号は大きな交差点を除いてほとんどない。クルマは歩行者がいるからといって止まってくれない。これは中国でも同じであるが,クルマの流れを読んで微妙なタイミングで渡るしかない。信号があっても渋滞している交差点ではあまり役に立たない。インドの人は赤信号でも,クルマが多少動いていてもドンドン渡る(図2)。これがインドに来たばかりの外国人には真似ができない。青信号になっても交差点をクルマが埋め尽くされているためあまり状況は変わらない。外国人でもクルマを縫って渡るしかないのである。

図2 ニューデリーの中心街コンノートプレイスの交差点。赤信号でも渋滞してればドンドン渡る
図2 ニューデリーの中心街コンノートプレイスの交差点。赤信号でも渋滞してればドンドン渡る (画像のクリックで拡大)

 このように,ニューデリーの交通渋滞は深刻な状況のようである。AUTO EXPOの会場は,ニューデリーの市内にあり,筆者の滞在していたホテルから4km程度の距離にあるのだが,夕方会場近くの道路でタクシー(アンバサダー)を拾うと,まったく動かず,1時間以上かかってしまったほどである。

 展示会場のゲート近くの道路はクルマで埋め尽くされ,警官が交通規制を行ってものものしい雰囲気であったが(図3),一方で屋台が並び,お祭りの雰囲気も醸し出していた(図4)。

図3 ゲート前の道路。交通規制がひかれていた
図3 ゲート前の道路。交通規制がひかれていた (画像のクリックで拡大)
図4 ゲートの正面に屋台が並んだ
図4 ゲートの正面に屋台が並んだ (画像のクリックで拡大)

 ただ,道にはゴミが散乱している上に凸凹であり,外国人は注意して歩かないと足をとられてしまう(図5)。(次のページへ

図5 ゲート前の道。凹凸に注意
図5 ゲート前の道。凹凸に注意 (画像のクリックで拡大)