いつもすっぴんで作業着を着ている陳さんが,化粧をしてドレスを着ると見違えるようにきれいに見えました。その美しさにドキドキしながら,私たちはテーブルに着きました。青さんと陳さんは共に河南省の出身者です。そのため,この結婚パーティーには工場の同僚や上司以外に,河南省出身の友人たちが出席していました。その中に独特な雰囲気の一団がいました。迷彩色の服に身を包み,直角的な角刈りを決めた屈強そうな男性たちです。
「あの人たち,誰?」
近くにいた中国人の班長に私がそっと尋ねると,班長はそっと教えてくれました。
「ああ,あの人たちは青さんの友人です。治安隊の仕事をしているそうです」
治安隊とは村が雇った一種のガードマン。公安の一種の下部組織として取り締まりに当たったり,けんかや事故の処理を手伝ったりしています。彼らが屈強そうに見えたのも無理はありません。何と,彼らは中国人民解放軍出身。宴席での盛り上がり方も半端ではありません。
なるべく静かにしていようと考えていた私たちですが,やはり,日本人は目立ってしまいます。間もなく,青さんがこの元人民解放軍の友人たちをつれて,私たちのテーブルにやってきました。
「こちらが私の上司。遠藤部長です」
(ちょ,ちょっと,紹介しなくていいって。お酒の付き合い大変そうだから…)
そう心の中で叫ぶ私の言葉など知るよしもなく,青さんは興味津々の友人たちに私のことを伝えていきます。気付くと,彼らの左手にはジョッキに満杯になったビール,右手にはビール瓶が握られています。そして,その中の一人がこう言いました。
「初めてのあいさつ代わりに乾杯しましょう!」
(ほら来た!どうしよう…)
私のジョッキには無理矢理一杯にビールが注がれました。
「乾杯!!」
観念して,私は一気にビールを飲み干しました。
「もう一杯!」
(え…?!)
そう,実は彼らの乾杯とは2杯をグッと飲み干すことなのです。
「今日は,日本人の友達ができてとてもうれしい!」
「私も,治安隊の友達ができてうれしい。何かあったときはよろしくね!」
みんなべろべろに酔って,新郎新婦をそっちのけで盛り上がっていきます。しかし,こうして招待客が盛り上がってくれることを新郎新婦も望んでいるのです。そのため,お酒や食事をどんどん勧めていきます。
「う~,もう勘弁してください…」
ビール漬けになった,私はトイレと席を行ったり来たり。しばらくすると,治安隊の人たちがテーブルを立ちました。
「遠藤さん,今日はこれから仕事がありますから帰ります」
「仕事? 酔ってるじゃないですか!」
「大丈夫です。いつものことですから」
「いつものことって…」
そう言うと,彼らはさっそうとバイクに2人乗りしてどこかへ行ってしまいました。
中国ではことあるごとに食事会を開くと言われています。地方によって違うとは思うのですが,シンセンの工場の付近では,この結婚パーティーのようなラフな宴会が時々行われています。こうして人間関係を築いたり,強くしたりしていくのです。