デジタル・オシロスコープを特定用途に特化したアナライザやテスタとして使う例が増えている。デジタル・オシロスコープの内部構成やパソコンとの親和性の高まりがそれを可能にした。

オシロスコープは,デジタル・マルチメータやファンクション・ジェネレータなどと同じ「基本測定器」と呼ばれる。特定のアプリケーションにとらわれることなく汎用的に使用されるからだ。

しかしながら,オシロスコープが高機能化したことで,特定のアプリケーションに特化した専用機としての使われ方も増えている。

<図1>はデジタル・オシロスコープの原理的なブロック図である。アナログ信号をA-D変換してデジタル処理した結果を出力する。見て分かるとおり,一般的な電子機器のブロック図とさほど変わらない。同様に,ほかのアナログ信号解析用の計測器とも大きく変わるところはない。FFTアナライザでもLCRメータでもデジタル・マルチメータでも基本構成は同じだ。

図1
図1:デジタル・オシロスコープの機能ブロック

機器ごとの機能の違いはデジタル部でのデータ処理の違いによる,のである。

ただし,デジタル・オシロスコープがほかの電子計測器と大きく異なる点がある。それは,アナログ入力からメモリに格納されるまでの回路的に最もクリチカルな部分に最高の性能と柔軟性が求められ,その要求が満たされている点にある。つまり,デジタル・オシロスコープは他のいかなる測定器にも成り代わることができる機能を本質的に備えている。

こうした背景から,オシロスコープの機能を特定のアプリケーションに特化させたり,使い勝手をカスタマイズしたりすることで,あたかも専用機のように使う例が増えてきた。


<図2>と<図3>は,デジタル・オシロスコープでシリアルデータ信号のジッタ(時間軸方向の揺らぎ)を解析した例である。<図2>はジッタのスペクトラムを,<図3>はジッタの時間分布を示している。

図2
図2:ジッタのスペクトラム

図3
図3:ジッタの時間分布

これらはオシロスコープ本来の目的からすれば,「専門外」の機能だ。従来であれば,ジッタ・アナライザが登場する場面である。しかし,今ではオシロスコープ単体でこれらをこなせるまでになった。つまりこの例では,結果的としてオシロスコープがジッタ・アナライザという「専用」機として使われているわけだ。


一方,本来のオシロスコープは「汎用」だから,シーンに合わせて最適設定ができるように様々な設定項目やパラメータ入力がある。研究開発やトラブルシューティング,フィールドサービスなど,その都度シチュエーションが異なる作業向けにはオシロスコープのこうした自由度は必須である。

だが,生産ラインでの製品調整や部品選別といった決まった用途だけに繰り返し使用する場合は,オシロスコープの細かな操作が煩雑であったり不要な機能があって間違えやすかったりしてラインの作業効率が上がらない場合もある。

その場合は,用途に適した専用機を見つけるか,専用治具を内製してパソコン経由でオシロスコープを制御するといった方法で問題を回避しなければならない。そうしたニーズに合わせて,デジタル・オシロスコープの中には操作パネルをカスタマイズできるものがある。<図4>と<図5>は,その一例である。

図4
図4:任意の項目ボタンを任意の場所に配置する

図5
図5:オリジナルパネルの専用機ができあがる

<図4>のように任意の設定項目を画面下半分の操作パネルの任意の位置にドラッグし記憶させることで,<図5>のようなオリジナル操作パネルができあがる。こうすることで,専用機や専用治具の必要性は大幅に減る。


さらに,最近のデジタル・オシロスコープには,解析機能を担うソフトウエア自体をユーザが組み込めるものが多くなった。この背景には,オシロスコープ内部のアーキテクチャがパソコンに似てきたことがある。

具体的には,OSとして「Windows」を搭載し,解析などの処理機能をアプリケーションとして動作させているオシロスコープが多くなっているのだ。このタイプ(Windowsベース)のオシロスコープでは,特定のアプリケーションに特化した機能をオシロスコープに追加するソフトウエアがオシロスコープ・メーカから多数提供されている。

また,市販のWindows用数値解析ソフトなどを組み込んで使うこともできるので,オリジナルの解析と表示機能を持ったオシロスコープとすることもできる。言うまでもないが,いずれの場合も,オシロスコープ単体で機能を完結でき,パソコンは要らない(もちろん,データ保存用などにパソコンを使うことは可能)。


冒頭のジッタの話に類似してしまうが,<図6>はオシロスコープでCDプレーヤのAFE(アナログ・フロントエンド)におけるRF(EFM:eight to fourteen modulation)信号をとらえたものだ。トラブルシューティングなどでオシロスコープを汎用機として使用している場合は,この波形からアイパターンなどを見ていくことになる。

図6
図6:CDプレーヤのRF信号波形

しかしながら,本格的にAFEを解析しようとする場合などは,生成されたクロックとのジッタなど,CD特有の条件での測定と解析が必要になる。

<図7>はオシロスコープにCD解析用のソフトウエアを組み込むことによってタイミングジッタとクロックジッタの時間変移を表示させたものである。ちなみに,このソフトの場合,<図8>に示すAFE機能を搭載している。フロントエンド/アナライザとも呼ぶべき専用機能がオシロスコープで実現されている例だ。

図7
図7
図7:RF信号のタイミングジッタ解析・表示
(上がタイミングジッタ 下はクロックジッタ)

図8
図8:光ディスク解析ソフトウエアの処理ブロック


一方,波形の取り込みだけをオシロスコープで行い,データの解析はパソコンで行うスタイルも多い。パソコンが高機能化し,解析を担うのに十分な性能を備えたからである。

過去にはパソコンと測定器を組み合わせると言った場合,GP IBで測定器の設定を外部制御し,測定器での処理「結果」をパソコンに取り込んで表計算ソフトなどでグラフ化するといったスタイルを意味した。オシロスコープについてもいまだにこうした使い方は多い。

しかし最近では,パソコンとオシロスコープをより緊密に結びつけた使い方がされるようになってきている。両者を結ぶインタフェースもGP IBからUSBやEthernetなどに移りつつある。

例えば,<図9>はローエンドに分類される低価格のデジタル・オシロスコープだ。このモデルでも,標準でFFT機能を内蔵しているから,単体でも波形解析とスペクトラム解析ができる。

図9
図9:パソコン用波形転送ソフトウエアの例
(テクトロニクス TDS1000B/TDS2000Bとソフトウエア)

このオシロスコープではさらに,パソコンへのデータを高速ダウンロードするソフトウエアを使うことでオシロスコープで取り込んだ波形をパソコン側でリアルタイムに近い形で処理できるようになっている。その場合,オシロスコープはシステムのA-D変換器という位置付けになろう。


ユーザが解析のためのソフトウエアを用意する場合,今のところ以下の4つの形態がある。

1)オリジナルのソフトウエアを開発
2)ソフトウエア生成ツールでシステム全体をプログラミングする
3)オシロスコープ・メーカが用意した専用のアプリケーション・ソフトウエアを使う。
4)フリーのオシロスコープ用アプリケーション・ソフトウエアを利用する。

(1)は旧来のスタイルである。自由度は大きいが,開発負担も大きいので,必要に応じて使うということになる。測定のために多大な時間をかけることはあまり賢い方法ではない。

(2)は「LabVIEW」などのソフトウエア生成ツールでオシロスコープを含むシステムの制御と解析のためのソフトを自動生成する方法である。オシロスコープを含む複数の機器類を連動させる必要がある場合などには,効率的なソフトウエア開発が可能だ。

(3)は必要なソフトウエアが用意されていさえすれば,現時点では最もとっつきやすい方法だろう。オシロスコープに実装する,パソコンにインストールするどちらのタイプも含め,このスタイルのソフトウエアの充実が最近,著しい。別の言い方をすれば,オシロスコープの選択に当たっては,本体の機能性能はもとより,アプリケーション・ソフトウエアがどのくらい充実しているかが今後の大きなポイントになるだろう。

<図10><図11>はオシロスコープ用に提供されているCAN/LIN(自動車やFAシステムなどで使われている制御ネットワーク)解析のシステム構成と解析画面例である。

図10
図10:CAN/LIN解析システム

図11
図11:解析画面
(CAN部のプロトコルとLIN部のプロトコル,および実波形を統一された時間軸で同時に見ることができる)

CAN/LINは,一般的には,プロトコルの解析にはCANアナライザが使われるが,それが専用ソフトをプラスするだけ(信号検出用のプローブは別途必要)で,CANとLINの同時プロトコル解析と波形モニタが可能になる。

こうした専用機化の事例はシリアルインタフェース解析,電源解析など広範囲に及ぶ。
<図12><図13>には電源解析とHDMIインタフェース解析ソフトでの解析例を示す。

図12
図12:電源解析ソフトウエアの例
(本連載の 第5回 パワー回路とデジタル・オシロスコープ 参照)

図13
図13:HDMIインタフェース解析ソフトウエアの例
(本連載の 第4回 高速デジタル信号とデジタル・オシロ 参照)

特にインタフェースでは,規格で定められた条件における測定と合否の判定が主眼となる。専用ソフトではこれらの機能があらかじめ組み込まれているので専用のテスタとして機能させることができる。

<図14>はUSB2.0のコンプライアンス・テスト(規格適合試験)に使えるソフトでアイパターンのマスクテストをした例である。

図14
図14:USB信号のコンプライアンス・マスク・テスト

(4)のフリーソフトを利用する方法は意外に知られていないが,活用価値の高い方法である。もっと使われて良いだろう。測定器メーカやサードパーティなどがオシロスコープに合わせて開発したソフトを公開しており,これを利用するものだ。

オシロスコープでデータロギングを行うソフト,突発的で不規則な波形異常を自動トリガで記録する波形データのストレージソフト,デジタルフィルタや微分/二階微分などができるDSPソフト,2台のオシロスコープを連動させて8チャネルオシロスコープにするソフト<図15>など,多くのユーザが使えそうなソフトウエアが実際いくつも存在する。

図15
図15:Multi Scopeソフトウエア
(オシロスコープを2台連動させて最大8チャネルで使える)

利用に当たってはソフト自体の信頼性も考えなければならないから,オシロスコープ・メーカに相談して選択するのが良いだろう。メーカ製のソフトのようなサポートが受けられないなどの制約はあるが,測定のために多くの時間を割くよりも利用できるものは利用して大事な時間を計測に当てるのがこれから測定器の使い方だ。


こうして,デジタル・オシロスコープは,これまでの基本測定器としての位置付けから,様々な電子計測のためのプラットフォームへと大きく様変わりしている。オシロスコープをマスターし,賢く使えるようになることは,電子計測を極めるための必須条件といえる。