これまでに,システム・デザインの主要な表現方法である「四つのモデル」(顧客,マーケット,製品,システム)と「FURPS+」(ファープスプラス)について説明した(第3回第4回参照)。今回からは,仮想の製品を例にシステム・デザイン手法の進め方についてより具体的に解説してもらう。

アジレント・テクノロジー 電子計測本部 R&D プロセスコンサルティング
多田 昌人

 今回から数回にわたって,架空の開発事例を基にシステム・デザインの具体的な進め方を説明したい*1。例に取り上げるのは,家庭用の単機能プリンタ開発である。単純な製品のように見えるかもしれないが,それでもシステム・デザインを実践するには十分複雑な機器といえる。

*1 米Hewlett-Packard(HP)社でシステム・デザインの手法が体系づけられたきっかけとなったのがプリンタ開発。システム・デザインの手法の理解には適切なモデルといえるだろう。ただし,筆者は開発には携わっておらず,ここでは米HPとは無関係な仮想のプリンタ開発を想定する。このため,設計の詳細な中身などは現実と異なる。

誰がどんな使い方をするのか


 前回までに説明したように,システム・デザインには適切な要求定義が欠かせない。まず必要なのが第3回で説明した「四つのモデル」(マーケット,顧客,製品,システム)の定義だ。第4回で説明したFURPS+(機能性,操作性,信頼性,性能,保守性,その他)を使うなどしてモデルを表現していく。

 ここでは,最も分かりやすい「顧客モデル」の定義から説明しよう(「マーケットモデル」や「製品モデル」「システムモデル」は次回以降に触れる)*2。「顧客モデル」は開発対象を中心とした利用/作業環境で,顧客がどんなことをするのか/したいのかを定義するもの。例えば,単機能プリンタならば,印刷のソースは何で,どのようにデータを渡すのか,それを基にどんな印刷結果を得るのか――という利用シーンを定義することである(図1)。


図1 顧客モデルの概念

プリンタの具体的な利用シーンを想定し、プリンタの使用目的と、関連する機器や使い方を紹介している。これが「顧客モデル」を定義することである。


 これが実際にはどのようなものなのかというイメージを手っ取り早くつかむには,現実の最新機種が顧客モデルをどう捉えているかを見てみるといいだろう。その代表的な例が,キヤノンのWebサイトに載っている(http://cweb.canon.jp/enjoyphoto/)。単に機能や性能を訴えるだけではなく,顧客の利用形態を明確に定義し,具体的な使い方を紹介している*3。こうして顧客モデルを明確にしておけば,製品そのものに対する要求を具体的な根拠を挙げて説明でき,設計者が品質要求を理解する上でも役立つ。

*1 本来は,マーケットモデルから定義するのが望ましいが,少々複雑なので次回以降にゆずる。なお,「顧客モデル」の定義は,UML(Unified Modeling Language)で「ドメイン分析」と呼ばれる作業に相当する。

*3 「顧客モデル」を製品の宣伝で使うかどうかは,各社の考え方次第だが,キヤノンの場合は動画などを駆使したリッチコンテンツにより,マーケティングに積極的に活用していると考えられる。

手順を考える