アジレント・テクノロジーで製品開発に取り入れている「システム・デザイン」手法。本講座では,事例も交えながらメカ/エレ/ソフトが絡み合う現代の複雑な製品開発に威力を発揮する同手法の基本的な考え方を解説してもらう。第1回は,架空のプロジェクトを例に,現代の製品開発が抱える問題を洗い出す。(日経ものづくり編集部)

アジレント・テクノロジー 電子計測本部 R&D プロセスコンサルティング
多田 昌人

 「さあ,今日は期待の新製品の結合テストだ」

 A社で新製品開発のプロジェクト・マネージャ(PM)を務めるN氏は,テストを前に高鳴る気持ちを抑えきれずにいた。N氏らが取り組んでいるのは,ビデオデッキ(VTR)とHDD(ハードディスク装置),それにBlu-ray Disc/HD DVDのコンパチドライブを組み合わせた複合録画装置。N氏には自信があった。録りためたVTRの映像資産を生かしながら最先端の機能を使える製品は,必ず市場で受け入れられるはず,と。

 VTRで培った設計資産は十分生かした。開発人員微増で,従来と同程度の開発期間に抑えたのはPMとしての誇りだった。今日のテストが完璧に終わるとは思わないが,明日からは粛々とテストを進めればよい。何しろ,これまでのVTR開発を長年引っぱってきたベテランを技術リーダーに据えたチームを組んでいるのだから――。

電源が入らない

 だが,テストに臨んだN氏の期待は見事に裏切られた。スイッチを入れても起動するどころか電源LEDすら点灯しない。

「落ち着け。まずは問題の切り分けだ」

 落胆しながらも指示を出したN氏だが,まだ楽観していた。(ま,アナログの開発リーダーに聞けばすぐに分かるだろう)と。
 しかし,アナログ開発リーダーの返事は心許ないものだった。

「起動ですか?私では良く分からないので,電源担当に聞いてみます」

 早速,電源担当者に確認すると,1次側には電源が来ているものの,DSP(Digital Signal Processor)にしか供給されていないことが分かった。

「でも,私は悪くないですよ。だって,今日びのモジュールの電源は自分で決められないんです。DSPの担当者に聞いてください」

 これが,たらい回しの始まりだった。3日目に渡る電源/DSP/ソフトの各担当者による侃々諤々(かんかんがくがく)の議論。ようやく方針が見え始めたのもつかの間,その後も似たようなトラブルの連続だった。
 電源が入ってもあるユニットが起動しない,そのユニットが動いたら今度は別のユニットが正しく作動しない――。しかも,各担当者は皆自分は悪くないと言う。

「じゃ,どうやって機能評価していたんだ?」

「僕のところでテストする分にはちゃんと動きますよ。そりゃ自分の担当しているモジュールですから動かせます。でも,製品に組み上げたときの,起動や設定をどうするかは一介の担当者では指示できませんよ。犯人はDSPかソフトじゃないですか?そもそもいまどきの電気部品はブラックボックスですし,ソフト無しじゃテストもできないんですから」


「設定方法はソフトの開発者にも伝えているんじゃないのか?」

「そりゃそうですけど,こちらとしては担当部品が完成していない時点で制御仕様の確定なんてできません。ソフトの担当者にはまあこんな感じでって伝えてありますが。ただ,忙しくて途中からきちんと変更を連絡してなかったんです。すみません。でも,ソフトも間違えてましたよ」

それからも試作とテストに明け暮れ,とりあえず基本機能を確認できたのは数カ月も後だった。しかも,動きはしたのだが各機能の切り替えが遅すぎて製品化にはほど遠い状態…。

 「なんで切り替えにこんなに時間がかかるんだ?」

 「実は,それぞれのモジュールが同じデータを読み込んだり,似たような初期化をやってるもので」

 「おい,それじゃASICもソフトもかなり手を入れなきゃならんじゃないか」

 計画では夏のボーナス商戦を見込んでいたのに,今では外に小雪がちらつく季節。VTR開発のリーダーはとっくに入院し,他のプロジェクトメンバーの顔色は土気色になっていた…

* ASIC Application Specific Integrated Circuit.アプリケーションを限定した半導体チップの総称。顧客と半導体メーカが設計を分担するセミカスタムLSIを指すことが多い。

破綻を招く要求展開の曖昧さ