素子の上に浮き上がって見える手鞠の映像。実際の手鞠は素子の下にある。
素子の上に浮き上がって見える手鞠の映像。実際の手鞠は素子の下にある。
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素子の構造(NICTの展示資料より)
素子の構造(NICTの展示資料より)
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 情報通信研究機構(NICT)と神戸大学は,空中に立体的な映像を結像させる薄い板状の素子を共同で開発し,東京で開催中の「全日本科学機器展in東京2006」(2006年11月29日~12月1日)でそのデモンストレーションを公開した。「透過型の鏡映像を表示するもので,ホログラフィと異なり,素子以外に特別な光学系を必要とせず,しかもカラーで結像するのが特徴」という。ガラスの机の下にディスプレイ(あるいは映したい物体)を設置し,机にこの素子を敷き詰めると「浮き出すディスプレイ」を実現できる。

 展示では,直径2cmほどの小さな手鞠の上にこの素子を置いている。斜め上から素子を見ると,素子の下にあるはずの手鞠が素子の上に浮き上がって見える(写真)。見る角度や距離を多少変えても,手鞠の立体映像に大きな変化は起こらない。「素子の寸法を非常に大きくすれば,人間の立体映像も実現できる。ただし,上下や凹凸が逆転してしまう」(NICT 知識創成コミュニケーション研究センター ユニバーサルシティグループの前川聡氏)という。つまり,人の顔はお面を裏から見たような形状で見えることになる。

「微小な鏡台」を並べて実現

 この素子は,ガラス板上に100μm厚のNiの層を形成し,さらに100μm角の正方形の穴を多数空けたもの。穴の内側はミラーになっており,素子の向こう側にある物体からの光は,これらの互いに垂直に配置されたミラーで2回反射して,物体から見て素子の反対側の空中で結像する。いわば,2枚の鏡を互いに垂直に配置した微小な鏡台が多数並んでいる状態である。「結像の原理は,鏡にモノが映って見えるのと同じ。幾何光学で理解でき,ホログラフィのような波動工学的知識は必要ない」(NICTの前川氏)という。

 100μm角という穴の寸法には理由がある。「穴が大きすぎると映像の解像度が低くなり,逆に小さすぎると光の回折効果が大きくなってやはり映像がぼやける。100μmかそれよりやや大きいぐらいがベスト」(NICTの前川氏)と説明する。

 過去の類似の技術としては,NHK放送技術研究所が1999年に開発した,屈折率分布レンズ・アレイを用いた立体映像システムがある。ただし「レンズの光軸から視点が大きく離れると映像が見えなくなる。今回は鏡を使っており,鏡に対して斜めから見ても立体映像が見える」(NICTの前川氏)。

 また,最近の技術で負の屈折率を持つ「左手系メタマテリアル」を用いても原理的には同様なことが可能になるという。ただし,メタマテリアルはほとんどがマイクロ波向けで,可視光に対応するものはわずかしか試作例がない(関連記事)。