超電導工学研究所(ISTEC)が作製したYBCO線材。液体窒素温度での臨界電流値245A,長さ212m。
超電導工学研究所(ISTEC)が作製したYBCO線材。液体窒素温度での臨界電流値245A,長さ212m。
[画像のクリックで拡大表示]
米国エネルギー省によるY系線材とBi系線材のコスト予測。2010年付近でコスト関係が逆転し、Y系線材が安価になると予測する。
米国エネルギー省によるY系線材とBi系線材のコスト予測。2010年付近でコスト関係が逆転し、Y系線材が安価になると予測する。
[画像のクリックで拡大表示]

 国際超電導産業技術研究センター 超電導工学研究所(ISTEC)は,超電導線材の性能指標となる臨界電流と線材長さの積で従来の記録を塗り替える,イットリウム(Y)系(YBa2Cu3Oy:YBCO)の高温超電導線材を開発した。液体窒素温度(-196℃)における臨界電流(IC)と線材長さ(L)の積は51940A・m(IC=245A,L=212m)で,2005年8月に米Super Power社が達成した従来の世界記録である22055A・m(IC=107A,L=207m)の約2.5倍である。

 超電導電力貯蔵システム(superconducting magnetic energy storage:SMES)や超電導モーター,超電導コイルといった超電導線材の応用では,線材をコイル状に巻いて磁場を発生させる場合が多い。このため,IC×L値を向上させることが,線材の性能向上や機器応用に向けた目安となる。

先行するBi系を電流密度やコストで有利なY系が追う

 液体窒素温度以上でも超電導状態を保ついわゆる「高温超電導体」を使う超電導線材では,従来ビスマス(Bi)系(Bi2SrCa2Cu3Ox)材料の開発が先行してきた。例えば,住友電気工業や古河電気工業は,ICが100~150A,Lが数百m~1km級のBi系線材を開発し,すでに超電導送電ケーブルの実証実験を開始している(Tech-On!関連記事)。

 Y系線材は,強い磁界中で臨界電流が急激に減少するBi系に比べて大きい電流を流せることや材料費が安いことなどから,Bi系に代わる高温超電導材料として注目されている。Y系ではこれまで優れた特性を持つ結晶品質の高い線材の作製が難しかったが,ここに来てIC×L値を一足飛びに向上させる成果が相次ぎ始めた。2005年5月にISTECが19026A・m(210A×91m),フジクラが19100A・m(88A×217m)と従来の記録を更新したのに続き,同年8月には米Super Power社が22055A・m(107A×207m)とそれを上回る結果を報告した。今回の成果で,ISTECは首位の座を奪還した。

結晶温度の制御性高め配向変化による劣化を防ぐ

 今回,ISTECがY系超電導線材でIC×L値を大幅に向上させることができたのは,YBCO超電導層の成膜に利用するレーザー蒸着プロセス(pulse laser deposition:PLD)を改良したためである。PLDは,エキシマ・レーザーによりYBCO膜を基板に真空蒸着させる手法で,ISTECは「マルチプルーム・マルチターン法PLD」を採用している。これは,成膜中にレーザーの照射位置を移動させたり線材を巻き返すことで成膜領域を拡大し,成膜速度や原料の収率の向上を図るものである。

 マルチプルーム・マルチターン法で成膜する超電導層の品質を高めることができたのは,熱放射による成膜中の超電導結晶の温度低下を抑制したためである。線材の電流特性を高めるために超電導結晶を厚く積層させようとすると成膜時間が長くなるため,その間に熱放射によって超電導結晶の温度が下がりやすい。超電導結晶の温度が低下すると,基板に対する結晶の配向がc軸方向(Cu-O2面が基板に平行な方向)からa軸方向(Cu-O2面が基板に垂直な方向)に変化し,超電導層に流すことのできる電流量が減少してしまう。ISTECはこれを防ぐために,成膜を複数回に分けて行うと共に,成膜ステップごとに800~850℃の範囲で蒸着温度を徐々に増加させ,熱放射による温度の低下を補った。また,レーザーの照射パワーの制御性を高めることで線材の部位ごとに特性がバラつくのを防いだ。成膜速度は3.5m/時である。

実用化に向け「2年以内に300A,500mを実現」

 51940A・m(245A×212m)という値についてISTECは,「線材としての性能を競うだけの段階から,モデル機器を想定した実用化検証の段階に進むことが可能になる」(ISTEC 線材研究開発部長の塩原 融氏)と位置づける。ただし,リニア・モーターカーの超電導マグネットでは一本当たり300~500m,送電ケーブル応用ではマンホール間の平均的な間隔である500m程度が必要であることから,今後2年以内をメドに「IC=300A,L=500m級の実現を目指す」(同氏)という。また,Y系線材の量産を見据えた場合,成膜装置を大型化して蒸着面積を広げ,成膜速度を5m/時以上に高めることが必要になるが,その際いかに成膜条件を安定に保つかが最大の課題になるとする。

 今回の成果は,ISTECが新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から受託している「超電導応用基盤技術研究開発プロジェクト」(プロジェクト・リーダーはISTECの塩原 融氏)によるもの。同プロジェクトでは,Y系線材での開発目標値として2005年度末までの40000A(200A×200m)の達成を掲げていたが,それを半年以上前倒しで実現した形となる。ISTECは今回の成果を,2005年9月7日~11日に徳島市で開催される「2005年(平成17年)秋季 第66回応用物理学会学術講演会」で発表する。