パソコン・メーカーからの低価格化の要求とGMRヘッドの登場が相まって,1990年代後半にハード・ディスク装置(HDD)は急激な価格下落に見舞われた(前回の記事)。薄膜ヘッドに始まり,MRヘッド,GMRヘッドとヘッドを変えることで面記録密度の向上を図ってきたHDDだったが,その勢いにも陰りが見え始めていた。1998年以降,年率100%という驚異的なペースで伸びていた面記録密度も2001年ころを境に年率30%にまで落ち込んでしまう。
本稿では,大容量化一本やりだったHDDが小型化に付加価値を見出し,音楽プレーヤやビデオ・カメラといった新市場の開拓に至るまでを解説する。併せて約30年前に生まれ,期待されつつも実用化に至らなかった垂直磁気記録方式が,ここに来て一気に花開いた理由についても考察してみたい。
鈍る面記録密度の伸び
上述のように,1998年に登場したGMRヘッドによって面記録密度は年率100%で伸びたが,2001年ころになると,その雲行きは怪しくなっていた。長手記録方式がいよいよ限界に近づいてきたのである。
長手記録方式はそれまでにも何度となく限界説がささやかれていた。代表的なのは,研究段階のおけるMRヘッドの時代の後期である1990年代初頭のころ,そして面記録密度の向上が行き詰まりつつあった1990年代の終わりころである。しかし従来はそのたびにヘッドを新しくしたり,記録媒体からのヘッドの浮上量を小さくしたりすることで,長記録方式を使ったまま面記録密度を高めてきた。このほか,記録層の下に安定化層を設けることで疑似的に磁性粒子の体積を増やした記録媒体「AFC(antiferromagnetically coupled)メディア」を採用するなどして熱揺らぎ問題を回避してきた。
ところが,2002年ころになると本当に苦しくなってきた。それは,数字を見れば明らかだろう。熱によるデータの消えやすさを示す熱安定性指標の目安は「60」といわれている。2002年8月に開催されたHDD関連技術の国際学会「TMRC(the magnetic recording coference)2002」で,面記録密度が130Gビット/(インチ)2の場合,熱安定性指標は64まで落ち込むことが発表されたのである。それまで何度となく長手記録方式の限界説が技術者の口にのぼっていても,熱安定性指標がここまで低い値になったことはなかったという。かつて20Gビット/(インチ)2の実現が難しいとされていたころでも,熱安定性指標は100以上を確保していた。
小型・省スペースが付加価値に
とうとうHDDの成長は止まるのか——こうした不安感がHDD業界に垂れ込める中,一方で明るい話もでていた。記録容量の向上に加えて,新たな付加価値向上の方向性が見えてきた。その兆候は2002年ころから現れた。ダウンサイジングの波の到来である(図1)。
それまで3.5インチ型を利用するのが普通だったデスクトップ・パソコンに2.5インチ型を使ったり,2.5インチ型を組み込んできたノート・パソコンが1.8インチ型に切り替えたりする例が増えていた。オフィス用途でのパソコンでは,一般にHDD容量は数十Gバイトもあれば十分である。この容量を2.5インチ型HDDでも実現できるようになったのがちょうどこのころである。
デスクトップ・パソコンの筐体が小さくなり,オフィスでもノート・パソコンが主役になり始めたのもこのころ。パソコン向けのHDDは,容量よりも小型・軽量で低消費電力であることが重要になっていた。