ワイヤレス通信では,デジタル信号をどのように処理して送受信しているのでしょうか。ここでは,実際の信号の流れを通して,ワイヤレス通信の基本的な技術を解説します。

 図1に,一般的な無線機の構成を示します。無線機は,アンテナ,RF(radio frequency)部,ベースバンド部の三つに大きく分けられます。 ベースバンド部は変調前もしくは復調後の信号を扱い,RF部は実際に空中を飛ぶ電磁波の周波数帯の信号を処理します。例えば音声通信であれば,人間の耳に聞こえる音声信号そのもの(あるいはそれをデジタル信号にサンプリングしたもの)がベースバンド信号であり,これがRF部で変調されてアンテナから送信されます。 実際にはD-A/A-D変換器を境に,アナログ信号処理をIC化したものを高周波IC(RFIC),デジタル信号処理をIC化したものをベースバンドLSIなどと呼ぶことが多いので,ここではデジタル信号処理を行う部分をベースバンド部とします。

図1 無線機の構成
機器メーカーとチップ・メーカー,電子部品メーカーの差異化のポイントも挙げました。
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 なお,図1はあくまで現時点での典型的な構成です。今後,ベースバンド信号に戻さずRF信号を直接サンプリングするRFサンプリングというようなデジタル主体のRF回路が登場してくれば,RF部とベースバンド部の切り分けが変わってくる可能性があります。以下,各部の詳細について解説していきましょう。

電気信号と電磁波の変換を行うアンテナ

 アンテナは,電磁波を受けて電気信号に変換する,あるいは電気信号を電磁波に変換するデバイスです。アンテナの性能としては,利得が高い(感度が良い)ことが求められ,利得を上げるためにさまざまな形状/特性を持ったアンテナが利用されています(身近なのは,八木アンテナ,パラボラ・アンテナなどです)。

 アンテナの形状は用途によって異なります。特に携帯機器に搭載されるアンテナは小さくなければならず,デザインなどの都合もあって,アンテナを機器の外部に出さずに内蔵するのが主流となっています。さらにアンテナそのものが場所を取ることから,異なる周波数帯(例えば無線LANの2.4GHz帯と5GHz帯)を一つのアンテナで対応するなど,厳しい条件でアンテナを設計せざるを得ません。このような悪条件の下で高い利得を出すため,アンテナの形状に統一されたものはなく,搭載する機器に応じて各社がさまざまな工夫を行っているのが実情です。

 アンテナそのものの性能以外に,アンテナの配置もワイヤレス性能を左右する重要なファクターです。携帯電話機においてアンテナ配置の自由度は小さいのですが,例えば無線LANが組み込まれたノート・パソコンなどでは筐体が大きいため,ある程度の融通性をもって配置を決めることができます。また,複数のアンテナを使うMIMO(multiple input multiple output)などを用いる場合には,アンテナ間で受信する電磁波の相関を少なくするために,間隔を大きく配置するなどの工夫が求められます。

 後述のRF部は一部を除いてIC化が進み,ベースバンド部はほとんどがICに集積化されています。通常はこれらをセットにしたモジュールを機器メーカーが利用します。よって,アンテナの配置は,機器メーカーがある程度自由に決められ,なおかつワイヤレス性能を左右する貴重なファクターであるといえます。

ベースバンド信号を高周波に変調するRF部

 ワイヤレス通信においては,システムによってさまざまな周波数帯が搬送波として使われています。RF部の主な役割は,送信時にベースバンド信号をこれらの周波数帯(RF帯)に変調すること,および受信時にこれらの周波数帯の信号をベースバンド信号に復調することです(「実際の信号波形はどう変わっているか」参照)。