実際の信号波型はどう変わっているか
図A-1 信号波形の変化
[画像のクリックで拡大表示]

 ベースバンド信号は変調前の信号のことですが,デジタル通信の場合は,「0」および「1」を表現する矩形波に相当します(図A-1)。この矩形波の幅が小さいほど1ビットを表現するために要する時間が少なくて済むので,伝送速度は大きくなります。

その一方で,「周波数帯域が広くなるとなぜ伝送速度が高くなる?」で示したように周波数帯域幅は広くなります。

 このように,ベースバンド信号が伝送速度と周波数帯域幅を決定します。この矩形波に対して搬送波を乗算することが変調です。搬送波の周波数が,システムの使用周波数帯になります。

 ただし実際には,矩形波をそのまま送信するには広い周波数帯域を必要とするため,デジタル・フィルタやローパス・フィルタなどでフィルタリング処理して矩形波をなまらせ,帯域制限を行っています。

高周波と低周波──伝搬距離はどちらが長い?

 ワイヤレス通信では,システムに応じて異なる周波数帯が使われます。また,同じシステムでも,利用できる周波数帯をチャネルというさらに細かい単位に分割して通信をします。これらはシステム内外における干渉を避けるための措置ですが,電磁波の性質上,伝搬特性にもさまざまな影響を及ぼします。

 その一つに,伝搬距離があります。周波数の低い信号は,単位時間当たりの振動数が少なく,周波数が高い信号は振動数が多くなります。これは,後者の方が単位時間当たりに放出するエネルギーが大きいことを示しています。よって,同じ送信電力で送信された場合,周波数が高い信号は激しく振動してエネルギーを放出してしまうため,到達距離が短くなります。例えば無線LANでは,IEEE802.11aでは5GHz帯を使用し,IEEE802.11gでは2.4GHz帯を使用します。どちらも物理層の最大伝送速度は54Mビット/秒ですが,周波数の低いIEEE802.11gの方が到達距離は長くなります。

 システム的な観点からは,到達距離が長い方が送信電力を抑えることができるため,消費電力の面では優れているといえます。しかし利用者の観点からすると,セキュリティーの面からは,電磁波が飛ばない方がよい場合があります。また,2.4GHz帯にはBluetoothや電子レンジなども共存するため,5GHz帯に比べてより多くの干渉を受けることもあります。

 このように周波数帯が利用者にとってメリットがあるか否かは,到達距離のみならず,他のさまざまな要因に大きく左右されます。ちなみに携帯電話のようなシステムでは,高い周波数帯では広いエリアをカバーするためにより多くの基地局を必要とするため,利用周波数帯は通信事業者にとって非常に重要な一面を持っています。

規格では相互接続性は保証されない

 ワイヤレス通信の規格は,3GPP(3rd Generation Partnership Project)やIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers,Inc.)などの標準化団体が策定します。規格にはそのシステムが使用する周波数帯,変調方式,符号化率,フレーム構成,プロトコルに至るまで,実際に無線機を作るのに必要な情報が詰まっています。

 しかし,たとえ規格通りに無線機を作ったとしても,それを製品として市場に出せるとは限りません。バグがある場合はもちろんですが,アンテナ,RF,ベースバンド処理から生じる性能差や,プロトコルの解釈など,各社で違いが生じることは多々あります。そしてこの違いにより,規格通りに作った無線機同士でも通信できないという事態が起こり得ます。そのため,作られた無線機がある程度の性能を満たし,相手ときちんと通信できるかを保証することが極めて重要になります。

 携帯電話機の場合は,通信事業者主導で基地局メーカーと端末機メーカーの製品の接続試験を行い,試験を通過した製品のみが市場に出ることになります。一方無線LANの場合には,通信事業者が存在するわけではなく,相互接続性を保証するための業界団体としてWi-Fi Alliance(WFA)があります。WFAの試験を通過した製品は,そのロゴが張られ,相互接続性を保証されたものとして市場に出すことができます。

 ただし実際には,このWFAの試験を受けなくとも,国の法律にのっとった試験さえ通れば,市場に製品を出すことはできます。この場合,例えばIEEE802.11a規格の製品として売ることはできますが,既存の製品との相互接続性が保証されていないため,異なるメーカーのアクセス・ポイントなどと接続する場合には購入者がリスクを負うことになります。