前編より続く

1990年代末ころから急速に無線トランシーバの1チップ化が進んだ。これには従来のスーパー・ヘテロダイン方式に代わって,より集積化しやすいトランシーバのアーキテクチャが次々に開発されたことによる。今回は,各アーキテクチャについて特徴と課題を解説する。 (野澤 哲生=日経エレクトロニクス)

 前回は,集積化に適したイメージ抑圧型ミキサや新しい動向としてのサンプリング・ミキサの基礎に触れて,RF回路に特有の周波数変換処理について解説した。今回は, CMOS技術を用いて1チップ上へトランシーバ回路を集積するのに適したRFトランシーバのアーキテクチャの特徴や課題を,実装例に基づいて解説する。

 現在までに広く使われているスーパー・ヘテロダイン受信方式では,IF信号への周波数変換の際にイメージ妨害波が問題となる。さらに,同方式では多くの場合,イメージ妨害波を抑圧するための外付けイメージ抑圧フィルタが必要になる。このため,部品点数の削減や小型化には限界があった。

 1990年代に入り,バイポーラ,バイポーラCMOS,CMOSといったSi系製造技術を用いるICの高速化や高周波化が進展するにつれて,トランシーバ回路すべてを1チップ上へ集積するのに適したRFトランシーバ・アーキテクチャの検討が進んだ。検討されてきた方策は,スーパー・ヘテロダイン方式で用いられていた外付けフィルタの機能をオンチップ化すること,またはIF周波数そのものを使わないか,あるいは一部を省略することである。

 ここでは,それらを,①ダイレクト・コンバージョン方式,②可変IF方式(広帯域IF構成とスライディングIF構成を含む),③低IF方式,の3種類に大きく分類して説明する。

集積化技術で「ゼロIF」が可能に

 ①のダイレクト・コンバージョン方式は,送信回路,受信回路共にRF信号とベースバンド信号間で周波数を直接変換する方式である。受信回路のチャネル選択処理はベースバンド帯で行う。IF信号がないため,イメージ抑圧処理が不要で,構成は最もシンプルである。IF信号が不要なので「ゼロIF方式」とも呼ばれる。汎用性が高く,基本的にはどの無線システムにも適用できる。

 スーパー・ヘテロダインが長く主流だった後,最近になってダイレクト・コンバージョン方式が利用され始めた理由には,同方式にあったいくつかの欠点を集積化技術である程度補えるようになってきたこと,デジタル変調との相性が良いこと,などが挙げられる。例えば,ダイレクト・コンバージョン方式で利用する 90度移相器などは,個別部品で造るのは規模が大きくなりすぎて現実的でなかったが,集積化技術が進んだことで造りやすくなった。

 図1にPHSを想定したダイレクト・コンバージョン方式の代表的なブロック図を示す。信号の流れを見ると,送信系では,QPSK変調モデム内のナイキスト・フィルタによって帯域制限を受けたIチャネル,およびQチャネルのベースバンド信号が直交変調器に送られて,RF周波数に相当する1.9GHz帯の局部発振器(LO)信号を直接変調する。その後,パワー・アンプ(PA)と送受信切り替えスイッチを経由してアンテナに出力信号が供給される。この方式のメリットには,集積化しやすくなるほかに,IF信号がないためにスプリアス信号,つまり帯域外への雑音の抑圧が容易となる点などが挙げられる。直交変調器で発生するスプリアス信号は1.9GHzの2~3倍の高調波なので,1.9GHz帯の外付け帯域通過フィルタ(BPF:bandpass filter)で抑圧可能である。

図1 ダイレクト・コンバージョン方式の構成と課題<br>PHSのRFトランシーバを想定した回路ブロック図を示した。ダイレクト・コンバージョン方式では,受信系のLNAから直交復調器に信号が入力する付近で2次歪みが加わりやすい。直交復調器では,DCオフセットが発生しやすいため,その補償回路が必要になる。PAの出力信号はVCOの発振周波数と同じになり,しかも大振幅であるため,基板を介してリークした信号がVCOに悪影響を与えることがある。
図1 ダイレクト・コンバージョン方式の構成と課題
PHSのRFトランシーバを想定した回路ブロック図を示した。ダイレクト・コンバージョン方式では,受信系のLNAから直交復調器に信号が入力する付近で2次歪みが加わりやすい。直交復調器では,DCオフセットが発生しやすいため,その補償回路が必要になる。PAの出力信号はVCOの発振周波数と同じになり,しかも大振幅であるため,基板を介してリークした信号がVCOに悪影響を与えることがある。
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