前回より続く

今回は,CMOS技術で1チップ上に集積可能な2種類の周波数変換技術を取り上げる。一つは,イメージ妨害波を抑圧するミキサの構成と,その基となる複素信号についての考え方。もう一つは,微細化技術の進展で利用可能になった最先端のサンプリング技術である。 (野澤 哲生=日経エレクトロニクス)

 前回はRF回路に特有の信号処理である周波数変換と変復調の基礎について解説し, RF回路の不完全性や雑音が変調信号に及ぼす影響について考察した。今回は,RFトランシーバのアーキテクチャの解説(次回に予定)につなげるために,周波数変換についてさらに掘り下げる。具体的には,イメージ抑圧回路のICチップ上への集積を可能とする「イメージ抑圧型ミキサ」と,最近登場してきた周波数変換技術である「サンプリング型ミキサ」の基礎を解説する。

複素信号で処理し,イメージだけを消す

 まず,イメージ抑圧ミキサの基本原理を説明する。イメージ抑圧ミキサは,イメージ妨害波の抑圧手法の一つで,集積化可能という特徴がある。

 イメージ妨害波は,IF(中間周波数)信号に周波数変換を行う「低IF方式」など,ダイレクト・コンバージョン方式以外のアーキテクチャでは必ず発生する問題である。前回はスーパーヘテロダイン受信方式を題材にして,IF信号への周波数変換の際にイメージ妨害波が問題となることを説明した。同方式では多くの場合,イメージ妨害波を抑圧するのに,イメージ抑圧フィルタなどの外付け部品を用いていた。従って,集積化や部品点数の削減,小型化には限界があった。

 低IF方式などでは集積度を高めるために,イメージ抑圧フィルタと等価な機能をイメージ抑圧ミキサにより実現している。通常のミキサでは実数値の信号(実信号)のRF信号と局部発振器(LO)の実信号同士を掛け算して周波数の差成分を得ている。この周波数変換において,イメージ妨害波の周波数と希望信号の周波数が重なり,希望波を区別できず受信が不可能になる状態が発生する(図1)。

図1 イメージ妨害とイメージ抑圧の指針<br>変調波は,三角関数の加法定理をそのまま用いて,二つの波の差という形に変形できる(a)。これは,ベースバンド信号のI成分とQ成分でそれぞれ直交する搬送波を変調し,減算器で合成する流れと同じで,(b)のような回路で実現できる。変調前と変調後では,ベースバンド信号のスペクトルが,キャリア周波数を中心としたIF帯域またはRF帯域の信号に周波数変換されている(c)。
図1 イメージ妨害とイメージ抑圧の指針
変調波は,三角関数の加法定理をそのまま用いて,二つの波の差という形に変形できる(a)。これは,ベースバンド信号のI成分とQ成分でそれぞれ直交する搬送波を変調し,減算器で合成する流れと同じで,(b)のような回路で実現できる。変調前と変調後では,ベースバンド信号のスペクトルが,キャリア周波数を中心としたIF帯域またはRF帯域の信号に周波数変換されている(c)。
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