前回より続く

CMOS技術でRF回路を集積するに当たり,無線通信の送受信方式や変調技術の違いによって集積しやすいものとそうでないものがある。今回は現代主流となっている方式を基に,回路設計者が知っておくべき無線通信回路特有の特徴や課題を基礎から解説する。 (野澤 哲生=日経エレクトロニクス)

 2000年に入り開発が活性化し,一気に実用レベルへ進展したCMOS RF回路。前回はここまでに至る道のりを,ワイヤレス通信とRF回路の歴史から振り返った。今回はRF回路に特有の信号処理である周波数変換と変復調について,回路設計の際に考慮すべき不可欠な要素や課題の例を紹介する。加えて,回路設計とのつながりを考慮して,RF回路の不完全性や雑音が変調信号に及ぼす影響とその対策についても触れる。後半には変調技術についての入門的な解説も用意した。

イメージ妨害波の抑圧が重要

 今回は,現在も携帯電話機やPHSなどで主に利用されている「スーパーヘテロダイン」受信方式を用いたRFトランシーバを題材にして,周波数変換の役割や設計上考慮すべき点について述べていく(図1)。図1のブロック図は,PHSのように送信時と受信時に同じ周波数の電波を用いる「TDD (time division duplexing)方式」を想定し,送受信切り替えスイッチを用いている。受信回路はRF入力から復調器までに1回の周波数変換を行うシングル・コンバージョン型である注1)。送信回路も同様に,変調器の後に周波数変換を1回行い,RF信号に周波数を持ち上げる。変換途中に現れる周波数の信号を,送受信共に中間周波信号または「IF (intermediate frequency)信号」と呼ぶ。

注1) この場合,シングル・スーパーヘテロダイン受信,または略してシングル・スーパー受信と呼ぶこともある。

図1 スーパーへテロダイン型RF<br>トランシーバ回路のブロック図<Br>TDD方式のスーパーヘテロダイン型RFトランシーバ回路のブロック図を示した。4個の BPF(帯域通過フィルタ)は,チップ上への集積が難しいため外付け部品となる。図の&\#9312; のBPFは,受信信号と離れた周波数の雑音をカットするためのフィルタ,&\#9313; はイメージ妨害波など希望波に近い周波数の雑音をカットするためのフィルタ,&\#9314;は送信回路でミキサを通過したRF信号の高調波や不要な側波帯をカットするためのフィルタである。
図1 スーパーへテロダイン型RFトランシーバ回路のブロック図
TDD方式のスーパーヘテロダイン型RFトランシーバ回路のブロック図を示した。4個の BPF(帯域通過フィルタ)は,チップ上への集積が難しいため外付け部品となる。図の①のBPFは,受信信号と離れた周波数の雑音をカットするためのフィルタ,②はイメージ妨害波など希望波に近い周波数の雑音をカットするためのフィルタ,③は送信回路でミキサを通過したRF信号の高調波や不要な側波帯をカットするためのフィルタである。
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外付け部品の集積が困難

 RFトランシーバの動作を概観しながら周波数変換を詳細に説明しよう。図1において,受信信号の流れから見てアンテナの直後にある帯域通過フィルタ(BPF)①は,今想定している無線システム(例えばPHS)が利用する周波数帯のみを通過させて,他の無線システムからの不要な電波を抑圧する。その後,微弱なRF信号は低雑音アンプ(LNA)にて10数~20dBほど増幅される。これで,ミキサ以降で生じる熱雑音の影響を最小限にする。LNAの後の BPF②は「イメージ抑圧フィルタ」と呼び,スーパーヘテロダイン方式をはじめとするIF信号に変換する方式につきまとう課題である「イメージ妨害信号」を抑圧するために挿入する注2)

注2) IF信号を使う方式には,例えば低IF,広帯域IF,スライディングIFなどもある。一方,ダイレクト・コンバージョン方式はIF信号を使わないため,イメージ妨害の問題がない。