世界で通用し競争力があるLSI(SoC:system on chip)を,日本の半導体開発者がもっと作り出せるようになるにはどうすればよいのか。前編では,高歩留まりで小面積のSoCを作るためにはバラつきと雑音の考慮が不可欠ということを,回路設計技術の観点から解説した。

 後編では,日本の半導体メーカーが注力すべき分野や開発体制,エンジニアの実力のたくわえ方について,前編に引き続きSoC開発に詳しい湯川彰氏に聞いた。湯川氏は,NECやNECエレクトロニクスで長年,アナログ回路やメモリ,SoCなどの開発に携わり,現在は台湾eMemory Technology Inc.のSenior Advisorを務めている。(聞き手は安保秀雄=編集委員)


問 日本の半導体メーカー/設計者は,世界で競争力のあるSoCを作ることができなくなっており,中でもデジタル回路とアナログ回路を集積したSoC開発で弱いといわれています。現状について,どのようにお考えですか。

湯川 彰氏
湯川 彰氏

湯川氏 LSIを開発するとき,まずどんなLSIを開発するのか,ということが問題になります。LSIの規模が小さかったときには,実現できる機能は限られていました。アナデジ混載の分野で言えば,A-D変換器とそれと接続する部品とのインタフェースしか集積できませんでした。そのころはA-D変換器を実現すること自体が問題でしたから,単にA-D変換器を集積するだけでも立派な商品開発として成立していました。

 それでもインタフェース部分に設計側とユーザー側に見解の違いがあって,開発遅れが生じることがかなりありました。ただし,半導体メーカーにいる研究者でも事業部門の開発者でもどうにか自主的に解決できました。

セルベース設計で半導体メーカーの設計力が落ちる

 その後LSIが大規模化し,1980年代後半以降ASICが主流になると,システムの多くの部分が集積回路の中に取り込まれるとともに,設計の核心部分も主としてユーザー側が担当するようになりました。

 この頃,集積規模が大きくなり開発品種数が飛躍的に拡大しましたが,セルベース設計手法の開発により論理設計が製造プロセスから完全に独立して設計できるようになりました。規模が小さい頃から上位設計は顧客企業が行っていましたが,セルベース設計手法で論理設計がツールでサポートされるようになり,上流の人が下流もカバーするようになりました。

 それまでは1チップ分の設計の具体的情報が半導体メーカー側にもたらされ,機器メーカーと半導体メーカーが共同で開発したという形になっていました。ところがセルベース設計のASICでは,回路もテスト・パターンもすべてユーザーが用意することになったので,半導体メーカーはLSIの機能に関する設計力を習得する機会が少なくなっていったと言えます。

 当時の半導体メーカーにとって,その部分の開発費負担がなくなり,開発者不足を緩和できる利点もありました。しかし,LSIの中身の機能に対する知識を習得して蓄積する機会を逸することになったわけです。こうなると,半導体メーカーはユーザーから逐一指示されないと動けなくなります。

国内機器メーカーも世界市場と乖離

 一方,日本国内のLSIユーザーである家電メーカーは国内でニーズの強い高機能な高級品の開発を目指していたように思います。そのとき開発される技術の多くは将来のマスマーケットへの展開を目指してはいるのですが,発売時点では世界を含むマスマーケットの要求とかけ離れています。いわゆるガラパゴス現象ですね。1990年代後半以降,例えばカーナビや携帯電話機,テレビにそういう傾向が顕著に現われました。これらの機器向けLSIは,ともかく機能を盛り込み,チップ寸法が非常に大きくなってしまいました。最近,ネットブック・パソコンで日本のメーカーは海外メーカーに遅れをとりましたが,マスマーケットになかなか目が向かないのは変わらないようです。

 この状況は,現在もますます悪化しているのではないでしょうか。新興国に比べて国内は置き換え需要が中心で,市場規模がそれほど大きくありません。一方,1個のLSIを開発する費用が高くなったので,世界のマスマーケットに販売する量産品の開発を行い,生産規模を拡大しなければ競争に勝てません。ところが,マスマーケットに対応する製品の開発場所は日本の大手家電メーカーでさえ海外移転を進めているので,日本には少なくなっています。世界のマスマーケットのニーズと開発の方向性を教えてくれる人が,日本では身近にはいなくなっているので,当然そのためのLSI開発もできなくなっているわけです。

 このような状況を打開する方策は二つ考えられるでしょう。一つ目は,新しい用途とマーケットに目標を定めてLSIを作ることです。二つ目は,従来ある用途とマーケットで,付加価値のあるLSIを開発していくということです。

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