「Congratulations!」

 2005年4月5日の夕刻。磁気関連技術の国際会議「IEEE International Magnetics Conference(Intermag) 2005」が開かれていた名古屋国際会議場の一室は,丁々発止の議論を繰り広げる場に似つかわしくない穏やかな空気に包まれていた。

 壇上で参加者からの拍手を一身に受けていたのは,東芝の田中陽一郎である。同社が発売を数カ月後に控える,世界初の垂直記録方式を用いたHDDに関する発表が終わり,質疑応答に移った時だった。マイクを手に取った英国の研究者が,開口一番,田中へ賞賛の言葉を送ったのだ。その言葉に,誰よりも早く垂直記録方式を実用化できた秘密を探ろうと詰め掛けた研究者たちの緊張が一気に解け,どこからともなく笑いと拍手がわき起こった。

 どんな厳しい質問が来るかと身構えていた田中は一瞬面食らったが,いかにも西欧人らしい粋な計らいに胸が熱くなった。会場を包んだ拍手は田中だけでなく,垂直記録方式の研究開発を長期間にわたって粘り強く続けてきた,世界中の研究者たちに向けられているようにも聞こえた。