普通の人でも天才に勝てる

――面白いことを探すことはコンセプトづくりとどう関係するのか。

 習慣付けや感度・センスを磨くという点では同じだ。ここで話を戻して天才ではない普通の人間がコンセプトを練り上げる方法を紹介しよう(Tech-On!関連記事)。

 ホンダには、「ワイガヤ」や「三現主義」「絶対価値」などの企業文化や仕掛けがある。これらは、そのままコンセプトづくりを加速させる仕掛けになっているのだ。つまり、これらの企業文化や仕掛けによって、ホンダはコンセプトづくりを加速させイノベーションの成功率を高めてきたのだ。

 こうした企業文化や仕掛けは、おやじが技術の第一線から次第に遠ざかっていった時期に、おやじから直接学んだ世代の久米是志(3代目社長)さんたちがホンダらしさを引き継ごうとして考えたものが多い。「ワイガヤ」「A00(本質的な目標)」「三現主義」などがそうだ。おやじは天才なので、普通の人間にはマネできない。そこで普通の人間が何人か集まって天才と戦おうとしたのである。

 典型がワイガヤだ。ホンダのワイガヤは単なるブレーン・ストーミングではなく、社外で3日3晩泊まり込んで脳みそをぎりぎりまで絞って議論する。エアバッグの開発でも、開発の大きな方向性を決める際やコンセプトを固める際に、必ずワイガヤを開催した。平均すると年に大体4回程度になる。

 このワイガヤは、藤沢武夫・初代副社長がアイデアを出して、久米さんが始めた。ワイガヤを繰り返せばコンセプトをつかむための洞察力が付き、センスが磨かれていく。エアバッグを開発していたころの本田技術研究所では、「ワイガヤに20回参加してやっと白帯、40回で黒帯。議論をリードする黒帯を目指せ」と言われていた。天才に勝つためにはチームを組んで対抗するしかなかったのだ。

 一方、「三現主義」は、ワイガヤとは全く異なるアプローチでコンセプトを明確にする際に役立つ。三現とは「現場」「現物」「現実」のこと。一般には「現場で現物を見て現実を知り、現実的な対応をする」ことと説明されるが、ホンダの三現主義には、そこに「本質」というキーワードが組み込まれている。つまり、「現場・現物・現実を知ることで、本質をつかむ」のがホンダの三現主義だ。コンセプトは、モノ事の本質なので、コンセプトを捉えるために三現主義がいかに重要かが分かるだろう。さらに言えば、「絶対価値」とはコンセプトに基づいた具体的な目標である。

 ホンダは、こうした企業文化や仕掛けによって、天才ではない普通の人が、本質を見抜き的確なコンセプトを導いて、イノベーションの成功率を高めていたのである。試行錯誤をする場合でも、単なる運頼りではなく、こうした企業文化や仕掛けによって正しい方向に導く力が生まれる。ホンダでは1980年代と1990年代を通じてイノベーションの成功率は20%くらいに高まっていた。通常の2倍以上である。

(聞き手は日経ものづくり副編集長 高田憲一)