本質を突き詰めてコンセプトをつくる

――コンセプトは曖昧な言葉に思える。具体的には何を意味するのか。

 俺は、コンセプトを「お客様の価値観に基づき、ユニークな視点で捉えたモノ事の本質」と定義している。お客様が「ああ、これを買って良かった」と思う価値をユニークな視点で具体化しなければならない。

 そして、最も重要なのが「モノ事の本質」である。突き詰めて考えればコンセプトとは、モノ事の本質そのものだからだ。第2回で紹介した、報告会で最後に久米さんが言った「安全について何も分かっていない」という言葉は、「安全のコンセプト(つまり安全の本質)を何もつかんでいない」という意味なのである。

 コンセプトはイノベーションだけではなく、クルマのフルモデルチェンジなどの商品開発でも重要になる。俺は多くの新車開発の責任者と議論したが、「良いコンセプトができると、良い商品・技術ができる」という点ではほぼ全員が一致していた。コンセプトが先で、商品や技術は後から付いてくるのだ。

 その典型例が、5代目「シビック」のコンセプト「サンバ」だ。サンバはブラジルの代表的な音楽と踊り。普通に考えたらクルマとはつながらない。しかし、開発チームは、さまざまなコンセプト案の中から、考え抜いた末にコンセプトをサンバと決めたのである。実際、リオのカーニバルをブラジルまで見にいった。そして、サンバの踊りをイメージしながら躍動的なデザインをものにし、機敏なハンドリングを実現した()。販売部門もサンバをイメージしながら宣伝広告戦略を考えた。

図●サンバをコンセプトに開発された5代目「シビック」
図●サンバをコンセプトに開発された5代目「シビック」
開発チームは、ヒップラインが特にサンバだと盛り上がっていた。

 コンセプトはお題目ではなく、実務上の意思決定に直接役立つ基準になる。例えば、インスツルメント・パネルのデザイン案が2つあったとする。1つは技術的に難しくコストも掛かるが「躍動的」、もう1つは技術的に容易で低コストだが「おとなしい」。この場合、サンバというコンセプトを基に判断すれば、迷うことなく前者を選ぶことができる。こうした判断は開発の過程で無数に必要となるが、コンセプトがはっきりしていれば間違えることはない。

 発売された際のシビックの商品説明や広告にはサンバの文字は全くない。しかし、車体デザインや走行感覚にサンバの“匂い”が残っている。陽気でウキウキする感覚だ。これがお客様の琴線に触れ、5代目シビックは大ヒットした。

 一方、筆者が開発したエアバッグのコンセプトはシビックとは “次元”が全く異なる。それは「技術の故障なら技術で解決できる」というものだ。エアバッグの開発では、暴発や不発が強く懸念されていた。これに対して、これらは技術的な故障なので技術で解決できると主張したのだ。分かる人には分かるもので、このコンセプトはすんなりと承認された。

(聞き手は日経ものづくり副編集長 高田憲一)