「取材は受けても構わないが、会社の名前は出せない」。一連の東北取材を申し込む段階で、ある企業の経営者からこう言われたことがあった。理由を聞くと、取引先の目が厳しいので、名前が出る取材は断っているという。この異常事態に、大丈夫と声を上げることすら許されないのか。中小企業が日頃から受けている理不尽な扱いを、あらためてうかがわせた。

 岩手県に本社を置くその企業(A社とする)も、東日本大震災により大きな影響を受けた。工場内の工作機械はほぼ無事だったものの、物流網が完全に停滞してしまい、加工物の受け入れや納品ができなくなってしまったのだ。周辺の企業も似たような状況だった。

風評被害のようなもの

 機械は無事だったのだから、物流網さえ回復すれば問題ない。そう思っていたが、甘かった。しばらくすると、取引を打ち切られたという話が周辺の企業から次々と聞こえてくる。「岩手や宮城、福島というだけでキャンセルや取引停止になった。風評被害のようなものだ」と、A社の経営者は語る。

 慌てて、取引先に対してファクスやメールを送り、生産活動に何ら問題がないことを訴えた。その数、数百通。自社の状況が取引先にきちんと伝わっていなかった。テレビや新聞では壊滅的な損害を受けた沿岸地域が繰り返し取り上げられていたため、東北地方にあるというだけで稼働していないのでないかと思われていたのだ。物流網の問題は、社員が自ら加工物を運搬する「ハンドキャリー」で何とか乗り切った。

 それにもかかわらず、名前の出る取材は断った。聞けば、大昔に取材に応じたところ、ある取引先から「下請けのくせに生意気だ」と言われ、それ以降は一切露出していない。さらに、今回は津波の被害を受けた企業の心情にも配慮した。震災時でも取引先や世間の目を気にするのは、日本独自なのか、それとも万国共通なのか。

寂しさを覚えた取引先の対応