前編より続く

「ようやく念願の小松菜の栽培ができるぞ」――。今から30年ほど前,初代「ウォークマン」が発売されるとともに,インベーダー・ゲームが大流行していた 1979年。東京都江東区の米倉庫の一角にあった食品総合研究所が,茨城県の筑波研究学園都市に移転した。同研究所 園芸第2研究室(当時)の細田浩は,研究所が広大な敷地に移ることで,野菜を栽培する場所を確保できるとほくそ笑んだ。

 細田が取り組んでいたのは,収穫後の野菜に光を当てて品質を保つ研究である。野菜は収穫後も生理的な代謝が活発なため,呼吸作用や蒸散作用などによる品質劣化が早い。そのため,冷蔵することで野菜の生理変化を抑制するのが常識だった。これに対して細田は,野菜の機能を抑制するのではなく,利用することで品質を保てるのではないか,と考えていた。

「こんなことを考えるヤツはいないだろう」

 入所して10年ほど経過し,研究者として脂が乗り切っていた細田は,誰も試したことがない研究に取り組める喜びをかみ締めていた。

小松菜に光を当てたときの影響を調べた食品総合研究所 流通安全部品質制御研究室長の細田浩氏と実験室。

「早く,仮説を実験で確かめたい」

 研究開始時点では野菜を購入して実験していたが,生育条件や収穫日などの条件が不明だったために,何とか自分で栽培したいと望んでいた。

 細田は研究所の移転を機に,敷地の片隅で自ら小松菜の栽培を始めた。それ以来,栽培した小松菜を実験室の恒温器に運び,昼光色の蛍光灯の下に3日間置くという作業を5年程度続けることになる。3時間置きの測定が必要な場合には,寝る時間をほとんど確保できなかったが,興味津々の細田には全く苦にならなかった。

「どこで使うのでしょうか?」

 優れた葉物野菜の条件は,色がいい,栄養が多いなどである。このため細田は,きれいな緑色を維持するためのクロロフィル(葉緑素),栄養素としてなじみのあるアスコルビン酸(ビタミンC)の変化に着目した。