前編より続く

 常識を覆すという平岡の才能が発揮され始めたのは,経験を積んで自らが先輩社員となった時期だった。与えられた仕事をこなすのではなく,新製品に搭載する機能を提案することを求められるようになっていた。

自らはユーザー失格

 さて,どんな機能があればうれしいか――。冷蔵庫を使う場面をよくよく思い返すと,自分がいかにひどい使い方をしているかということを痛感した。面倒くさがり屋と自ら認める平岡は,決して模範的な冷蔵庫ユーザーではなかった。

 肉などを冷凍する際には,後から使いやすいように小分けして保存するのが基本だが,そんなことはしていない。だからいつも,凍って硬くなってしまった肉を切るのに苦労した。それに,熱い食品は粗熱を取ってから冷蔵庫に入れるのが常識だが,出勤まで時間がない朝は,そんなことをしていられない。「えーい,熱いまま入れちゃえ」。冷蔵庫の使い方を熟知しているはずの平岡だったが,ユーザーとしては完全に失格者だった。

ビタミンCを増やす「光パワー野菜室」機能の開発を主導した三菱電機静岡製作所冷蔵庫製造部冷蔵庫先行開発グループマネージャーの平岡利枝氏。

「ん? ちょっと待って…。冷蔵庫の最適な使い方を熟知しているはずの自分が,こんな使い方をしているのであれば,一般のユーザーはどうなんだろう。雑誌などで冷蔵庫の使いこなし術などが特集されているけど,果たしてそんなことをしているユーザーがどれほどいるのか」――。

 メーカーが考える理想の使い方と,日常生活の現実のはざまで,ユーザーが困っている姿が平岡の目に浮かんだ。これまでの冷蔵庫は,技術をユーザーに押し付けてきただけではないか。冷蔵庫の常識に基づいて次々と新技術を投入してきた結果,どのメーカーの冷蔵庫にも実現手段は違うものの,よく見れば代わり映えのしない機能が並んでいる。