前回から続く

「おいおい,何だよこれは」

 スイッチをオンにした瞬間,ガクッときた。ひどい絵だった。

光学系も自前で

 寺本たちは製品化に向け,TI社から2チップ品のエンジンを取り寄せ,実際に投影してみた。その絵を見た技術陣はあぜんとした。画像の周辺に色ムラができ,お世辞にもきれいな絵とはいえなかったのだ。光学系に問題があるようだ。技術陣は大いにがっかりした。

 しかし,既に製品化に向けたプロジェクトは進行していた。何とか,これをモノにしなければならない。このため寺本たちは,レンズを異なる種類に変えたほか,色ムラをなくすためのデジタル補正技術を多数盛り込んだ。筋の悪いものを何とか製品化するための努力であった。

「やっぱり光学系を自前で作るしかないかもしれないな」

 寺本は,TI社のエンジンを使ったリアプロの製品化を進めるのと同時に,光学系の独自開発に着手した。いい絵作りのために,そこにメスを入れねばならないという判断からである。

 しかし,自前の光学系を使う場合には課題があった。TI社からエンジンではなく,DMDと駆動用ASICだけを搭載したボードを購入してこなければならない。ただし,当時のTI社は多数の注文がある顧客にのみボードを供給していた。三菱電機が製品化を進めるマルチ・ディスプレイは,それほど数が出る市場ではなかったが,何とかTI社にボードだけを売ってもらう必要がある。

 三菱電機の米国スタッフが必死になってTI社を口説き落とし,ボードのみの購入に成功した。三菱電機は,このボードに自社開発の光学系を組み合わせたリアプロを,1998年に開発する。その際には,前世代機で培った色ムラをなくすデジタル補正技術などが非常に役に立った。

 自社開発の光学系にXGA対応のDMDチップ,そしてデジタル補正技術を組み合わせたリアプロがついに完成する。1998年10月,三菱電機の顧客を集めた内覧会でそれを公開したところ,すさまじい人気を集めた。

NTTドコモへの採用を目指す

「画質に自信のある製品がやっとできた。あとは顧客開拓だ」

 三菱電機は,開発したリアプロの画質に強い自信を持っていた。それを何とか,販売増につなげたい。リアプロ利用のマルチ・ディスプレイ事業にかかわるスタッフは皆,そう考えていた。

 そんな時,偶然にもNTTドコモ北海道が通信回線の監視用の大型マルチ・ディスプレイを発注するという話が舞い込んだ。当時,NTTドコモは全国規模でシステムの刷新を行っていた。NTTドコモ北海道のマルチ・ディスプレイに自社の製品が納入されれば,大きな実績となる。ほかのNTTドコモの通信監視センターにもディスプレイが納入される可能性が高くなるはずだ。

三菱電機のマルチ・ディスプレイ。NTTドコモ北海道には,70インチ型で18面 (縦3.3m×横8.3m)の製品を納入した。このときの解像度はSXGA(1280×1024画 素)だった。)