前回から続く

「納得いただけていないことはよく分かりました。それではどの点を改善すればいいのか,教えてもらえませんか」

どこを直せばいいんですか

 松下電器の本社の会議室で,TI社のスタッフと松下電器の技術陣が対峙していた。TI社側の責任者は,当時DLP利用のリアプロのビジネス開発を取り仕切っていた,Dale Zimmerman。松下電器側からは,テレビ事業の責任者や開発技術者が多数参加していた。

 大原やAdamたちの奮闘によって,いよいよ松下電器との共同開発が製品化に移行するという段階にまで到達していた。製品化に関する実務的な会議をするということで,ビジネス開発の経験が豊富なDaleがその取りまとめをするために日本に派遣されたのである。 

 Daleは,TI社が想定するDLP利用のリアプロについて,ダラスから用意してきたプレゼンテーションの資料を使って熱く語った。利用するDMDの想定スペックと,それによって実現できるテレビ受像機の仕様についてである。どれもダラスの技術スタッフが最高と信じた内容だった。

 しかし松下電器の技術者たちは,皆,一様に不満そうな顔を見せた。会議に出席していた同社側の技術責任者も,腕組みをしたまま下を向いてしまったほどだ。TI社が用意してきたリアプロの想定スペックに,全く満足していないようである。

 その状況にしびれを切らせたDaleが,思わず松下電器の技術陣に逆質問してしまったのだ。どこに納得がいっていないのか,どのような技術水準まで高めればいいのか,それを教えてほしいと…。

720Pが最低線

 Daleからの質問を受け,会議室は一瞬シーンとなった。その静寂を破るように,松下電器側の技術責任者がおもむろにホワイト・ボードに向かった。そして置いてあったマーカーを拾い上げ,要求を書き始めた。

「解像度720P,コントラスト比1000対1,カラー・ホイールの回転速度6X」

 そして振り向きざまに言い放った。

「この要求が最低ラインだ」

 ボードに記される文字を見ながら,TI社のスタッフはだんだんと顔がこわばっていった。想像していたものに比べ,はるかに厳しい要求だったためだ。

 TI社が当時,リアプロに向けて想定していたのは,解像度が480PのDMDを利用するシステムだった。720Pの解像度に対応するDMDでは,コストが一気に2倍以上に膨れ上がる。しかもコントラスト比は1000対1だという。当時の実力の2倍以上だ。カラー・ホイールの回転速度に至っては,2Xを想定していた。その3倍となる6Xとなると,全く新しいモータが必要になる。しかもこれらの要求は最低線だという。

「こりゃ無理じゃないか」

 会議室の奥の方に控えていたTI社のスタッフは小声でささやき合った。当然コストへの厳しい要求も突き付けられている。限られた予算の中で,これだけ高いスペックを実現するのは,当時としては不可能に近い要求にみえた。