A案の,変更の依頼に応じないという対応は,開発プロジェクトには最も影響が少ないのですが,顧客の言い分を拒絶する身勝手な判断といえます。これでは今後,この顧客との良好なビジネス関係が断絶してしまう可能性があります。

B案のプロジェクトの納期延長を交渉しても,顧客企業の製品計画の目的や目標にそぐわない可能性があり,交渉をしても顧客と折り合わず問題が解決しないことが予想されます。

C案も適切な判断とはいえません。納期が遅延しても,変更依頼があったのだから少しぐらいの遅延は容認してもらえるのではないかと考える人がいますが,楽観的すぎます。新たな問題の芽になりかねません。

D案が最適な対応です。相手の意向を確かめ,変更によって発生すると予想されるリスクとその対応方法について意見を交換し,合意に向けて努力をすることが不可欠です。

 常識的に考えても,途中で仕様を変更すればその分だけ作業工数が増加します。工数が増加すれば,品質の問題が発生するリスクや開発コストが増大します。顧客の言い分や立場を思いやりながらも,簡単に妥協すべきではありません。交渉の回避や先送りをしないで,真正面から取り組むことが大切です。

 最適な合意に達するためには,お互いに一方的に主張し合うケンカ腰の交渉は避ける必要がありますが,相手の言いなりになってもうまくいかないものです。交渉は当事者双方がプロジェクトの本来の目的・目標を共有し,(1)何をしたいのか,(2)それは何のためか,(3)いつまでか,(4)双方が満足するにはどのような解決方法があるか,などについて一緒に解決策を見いだす方向に持っていくことが上手な進め方なのです。

 以降では,このような問題が発生したときの変更管理の手順などを明確にしていきます。ただし,形だけ作って手順通りにやろうとしても,うまくいきません。問題を解決しながらプロジェクトを進めるためには,自分の立場を主張するだけではなく,前述のように相手の立場や気持ちを理解し,共感することが不可欠です。事実だけでなく,お互いの気持ちを伝え合うことが大切になります。

 事実の確認から始まって,予想される問題を話し合い,共感を得ながら合意に至る過程では,相手の人間を理解しようとするエモーショナルな気持ち(豊かな感情)が必要になります。それを円滑に行うためには,各種のコミュニケーション力が求められます。

コミュニケーション力とは何か

 あなたは,これまで顧客とどのような交渉を担当してきたでしょうか。開発期間が短すぎる,開発費用をとても安く値切られる,納期が迫っているのに開発項目の優先順位付けで無理なことを要求される,といった問題にしばしば直面すると思います。採用する技術や品質管理基準,開発方法論などについても,関係者が納得できるように折り合いをつけるのに苦労したこともあるでしょう注2)

注2) 社外だけでなく,社内の交渉も大変です。開発方針の決定やプロジェクト・メンバーの任命,プロジェクト費用の確保などで,思い通りにいかなかったこともあると思います。

 プロジェクトではこういった交渉は日常茶飯事ですが,残念ながら苦手意識を持っている技術者が非常に多いのが実情です。しかし,自分の考えを反映させ,目的に向かってプロジェクトを進めるためには,「技術者だからコミュニケーションは苦手」とは言っていられません。

 それでは,コミュニケーション力とは何でしょうか。つかみどころがないと思われる場合が多いのですが,コミュニケーション力とは「双方が伝えたい情報(事実・気持ち)を上手に伝え合い,意思決定や行動の変化に有効な影響を与える力」といえます。具体的な基本スキルは,聞く(ヒアリング/インタビュー),話し合う(ディスカッション),交渉する(ネゴシエーション),文書化する(ドキュメンテーション),周知する(プレゼンテーション),の五つに分かれます(図1)。これらの構造を理解し,少しずつでも実践を積むことで,苦手意識がなくなり仕事に前向きに取り組むことができるようになって,成果も上がってくるのです。

図1●五つのコミュニケーション力
図1●五つのコミュニケーション力
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―― 次回へ続く ――