岩崎はまず実際の運転者がどのように駐車しているのかを探り始めた。やがて,運転者によってステアリングの回し方が大きく違うことに気付く。運転があまり上手ではない人は据え切りを多用しており,操舵トルクが大きいことが分かった。一方,駐車が上手な人は,クルマが動きだしてから一定の速さでステアリングをゆっくりと回していた。そして,このステアリングを一定の速さで回している際に車両が描く軌道が実は「クロソイド曲線」と呼ばれる滑らかな曲線になることが分かったのだ。
クロソイド曲線は,高速道路などでコーナー部分をハンドルを緩やかに回して走行できるように直線とカーブの円弧をつなぐ中間に挿入する緩和曲線として使われているもの。遊園地のジェットコースターの軌道にも取り入れられている曲線だ。
岩崎はこのクロソイド曲線を基本として制御ロジックを確立しようと,来る日も来る日も計算式と闘う日々を送る。計算式を書き込んだメモは日増しに増え続けていく。そして,シミュレーション上では誤差の出ない車両経路の生成方法を編み出すことになる。
狙いは高級車,しかし…
開発チームが実用化に向けて地道な作業をコツコツと進める中,里中は最も重要な任務を抱えていた。それは,駐車支援システムの採用車種を探すということ。どんなに素晴らしいシステムを開発できたとしても,それを採用してくれるクルマがなければ「世界初」は一気に遠ざかる。開発中とはいえども,駐車支援システムの売り込み先を探すのは最優先の課題だった。
里中は当初,こう見込んでいた。「やはり先進的な装備だから,高級車で採用してもらえるだろう」と…。しかも,2003年に搭載が間に合いそうな高級車がある。全面改良を控えた「クラウン」だ。駐車支援システムにとってブランドといい,タイミングといい,文句のつけようがない「嫁ぎ先」になるだろう。これ以上のベスト・カップルはない。里中は期待に胸を膨らませながら,クラウンの開発責任者の元へと足を運んだ。
開発中の駐車支援システムの説明をひと通り終えた里中は,満を持してこう切り出しした。
「やはり,こうした最先端のシステムは,クラウンのようなクルマに搭載するのがベストかと。どうですかね…」
「うーん,でもねぇ,クラウンを購入する人たちが駐車支援システムを受け入れてくれますかねぇ。ステアリングがぐるぐる勝手に回るんでしょ…」
「……」
予想だにしない言葉が先方から飛び出した。里中は自分の耳を疑った。えっ,今,何て言ったんだ?
「しかも,高精度な車輪速センサが必要になるわけですよね。そこまで駐車支援システムにコストを掛けられるかどうか…。現状ではちょっと難しいですね」
「……」