携帯電話機に搭載できるほど小型で広帯域の周波数に対応し,しかも通信の安定性の高いアンテナ・システムは,実現のハードルが非常に高い。このハードルを越えるには,これら(1)~(3)の技術を組み合わせて使う必要がありそうだ。以下ではこれらの技術を個別に見ていくことにする。

アンテナ素子長を1/14波長に

 (1)のメタマテリアルを利用したアンテナを世界で初めて製品に採用したのが米NETGEAR, Inc.である。ここでいうメタマテリアルは,米University of California, Los Angeles校(UCLA) Electrical Engineering,Professorの伊藤龍男氏の研究グループが2002年に原理を提唱した,各種RFアナログ素子の設計手法である(メタマテリアルの原理や応用可能性については,4ページ目の「設計自由度が高いメタマテリアル,アナログ技術を変える潜在力」参照)。これは,開発当初からマイクロ波の技術者には注目されていた1)。今回のNETGEAR社の製品で,原理の提唱からたった6年で本格的な実用化への階段を駆け上ったことになる。

 NETGEAR社が2008年1月以降に米国などで発売したいくつかの無線LAN製品は,わずか9mm(2.4GHz帯で約1/14波長)の長さに小型化したアンテナ素子を採用する。アクセス・ポイント製品1台に最大8本を,基板に埋め込む形で内蔵した(図3)。

【図3 約1/7波長,または約1/14波長のアンテナをメタマテリアルで実現】 NETGEAR社が2008年1月に発売した無線LANアクセス・ポイント「WNDR3300」とUSB型アダプタの基板,およびアンテナ素子。アクセス・ポイントの基板には,2\.4GHz帯専用アンテナ素子が2個,2\.4GHz帯/5GHz帯向けアンテナ素子が6個の計8個のアンテナ(赤丸)が基板の周辺に向きを変えて配置されている(a)。アンテナ素子の長さは2\.4GHz帯と5GHz帯のいずれでも約1/7波長,または約1/14波長と小さい。アンテナ素子はプリント基板に埋め込まれているが,内部は細長いサブ・エレメントが数本,立体的に配置された複雑な構成になっている(b)。サブ・エレメントの構成はアンテナ素子ごとに違う。Rayspan社によれば,USB型アダプタではアンテナのセル・ユニットは1個だけしか使っていない。一方で,アンテナとRFトランシーバを接続するカプラ(点線白丸)が一体となってメタマテリアルの構成になっているという。(c)の写真はRayspan社の提供。
図3 約1/7波長,または約1/14波長のアンテナをメタマテリアルで実現
NETGEAR社が2008年1月に発売した無線LANアクセス・ポイント「WNDR3300」とUSB型アダプタの基板,およびアンテナ素子。アクセス・ポイントの基板には,2.4GHz帯専用アンテナ素子が2個,2.4GHz帯/5GHz帯向けアンテナ素子が6個の計8個のアンテナ(赤丸)が基板の周辺に向きを変えて配置されている(a)。アンテナ素子の長さは2.4GHz帯と5GHz帯のいずれでも約1/7波長,または約1/14波長と小さい。アンテナ素子はプリント基板に埋め込まれているが,内部は細長いサブ・エレメントが数本,立体的に配置された複雑な構成になっている(b)。サブ・エレメントの構成はアンテナ素子ごとに違う。Rayspan社によれば,USB型アダプタではアンテナのセル・ユニットは1個だけしか使っていない。一方で,アンテナとRFトランシーバを接続するカプラ(点線白丸)が一体となってメタマテリアルの構成になっているという。(c)の写真はRayspan社の提供。
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 8本のうち2本は2.4GHz帯専用,残り6本は,チップセットの構成などから2.4GHz帯と5GHz帯の兼用アンテナとみられる注1)。これらをどのように利用しているかについてNETGEAR社は明らかにしていないが,個々のアンテナ素子を小型化することで必然的に低下する素子1本当たりのアンテナ利得を,素子数を増やしてカバーする狙いがあるようだ。

注1) WNDR3300では,2.4GHz/5GHz帯向け最大4×4 MIMO対応無線LANのRF ICとしてBroadcom社の「BCM2055」,ベースバンドMAC処理LSIとして同社「BCM4321」,RFフロントエンド・モジュールにSkyworks社の3×3 MIMO対応の製品を利用している。また,2.4GHz帯専用RF ICにBroadcom社の「BCM4318」,RFフロントエンド・モジュールにSiGe Semiconductor社の製品を用いている。