ポイントは,1本のアンテナ素子から出る放射界の分布を,給電点ごとに変えて互いに重ならないようにしている点。「技術の詳細は我々も把握していないが,遅延回路(delay line)を利用して実現しているようだ。原理的には給電点はいくらでも増やせると聞いている」(SkyCross社の日本の代理店であるエム・アールエフ 代表取締役社長の佐伯裕昭氏)。

 既に,SkyCross社はHSPA,LTE,WiMAX,IEEE802.11xなど各種の無線方式に向けた製品の量産体制を整えているという。広帯域という点でも,2.3G~5.9GHzをカバーする製品を用意している。

参考文献
1) 浅川ら,「研究開発 物理に還る」,『日経エレクトロニクス』,2006年1月2日号,no.916,pp.65—104.

設計自由度が高いメタマテリアル
アナログ技術を変える潜在力

 アンテナ素子を小型化する代表的な手法は素材の変更である。例えば,主に比誘電率εの値が高い樹脂やセラミック材料を用いることで素子を小型化できる。メタマテリアルはこれに対して,金属材料など一般的な材料を用いながら設計を変えることであたかも高誘電率の材料を使っているような電気的特性を得る技術である。

フィルタが人工的な分子に

 メタマテリアルは,「単位セル」と呼ばれる,電磁波の波長よりもずっと小さい寸法の人工的なブロックを,原子や分子の代わりに多数並べたものである。周波数が10GHz以下のマイクロ波向けに適用する場合,単位セルの寸法は数mm以下であればよいため,製造は容易である。UCLAの伊藤氏は,高域通過フィルタ(HPF)を単位セルとしたメタマテリアルを開発している(図A-1(a))。これは,一般的な配線の等価回路が低域通過フィルタ(LPF)の連結で表せることに似ているため「伝送線路型」メタマテリアルと呼ばれる(図A-1(b))注A-1~A-2)。単位セルとなる導電体を互いに容量結合で結合させた上で,各単位セルをインダクタを介して接地することで,このようなメタマテリアルは構成できる。容量結合CやインダクタLの値を何らかの方法で制御すると,実効的な比誘電率や比透磁率を所望の値にできる(図A-1(c))。

注A-1) 別の種類のメタマテリアルには,等価回路がLC共振器となる「共振型」などがある。共振型は,単位セルを比較的小型化しやすいため,可視光を想定したものも開発されている。ただし,共振型はメタマテリアルとして機能する帯域が,伝送線路型よりもずっと狭いという課題がある。

注A-2) 理想的なHPFで構成したメタマテリアルは左手系と呼ばれる。一方,LPFで構成した伝送線路は右手系と呼ばれる。ただし,理想的なHPFは実際には存在せず,寄生容量や寄生インダクタ成分によって,LPFが混ざった格好になる。このため,伝送線路型は「CRLH(composite right/left-handed)」メタマテリアルと呼ばれることもある。

図A-1 ハイパス・フィルタが基本要素
伝送線路型メタマテリアルは,等価回路が高域通過フィルタとなるブロックを多数連結した構成から成る(a)。一般的な伝送線路は,接地から絶縁された低域通過フィルタから成っている(b)。一方,高域通過フィルタは互いに容量結合でつながりながら,インダクタなどを介して接地されている。このメタマテリアルの実効的な誘電率(ε’)と透磁率(μ’)は,一定以下の周波数で共に負値になる(c)。従来,アンテナを1/4波長より小さくするにはεの高い材料を使うほかなかったが,メタマテリアルの登場によって,ε’やμ’の値を設計することで,アンテナを小さくできるようになった(d)。