図1 ピストン横の波形のパターン。黒く見えるところが樹脂コーティング。銀色に見えるところより10μm高い
図1 ピストン横の波形のパターン。黒く見えるところが樹脂コーティング。銀色に見えるところより10μm高い
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図2 パンパ横の段差。外から見て「エコ」と分かるのはここだけだ
図2 パンパ横の段差。外から見て「エコ」と分かるのはここだけだ
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 「えっ30.2km/Lなの。それは細かく刻んできましたねえ」。スズキが2011年12月13日に発売した「アルトエコ」の登場タイミングには参った。JC08モード燃費は30.2km/L。それまでエンジンだけで走る車種ではダイハツ工業「ミライース」の30.0km/Lが最高記録だった。

 「アルトエコ」の数字を知ったとき、すでに『エンジンだけで30 km/L』という特集を書き終えていた。それを盛り込んだ『エンジン技術大全』という書籍まで作りつつあった。30 km/Lを30.2km/Lに書き換えるのは難しい。しかも「30.2」という数字は表紙のコピーにするには半端過ぎる。「四捨五入すれば30 km/Lだ」と、気にしないことにした。

 この数字の並びには記憶がある。1970年代の頭だったか、イタリアLamborghini社とFerrari社が「うちは300km/hです」「いやいや、うちは302km/hですよ」と最高速度を争ったことがある。泥仕合である。ケタは違うし、種目も違うが、最高速度よりは燃費の方が世のため人のためになる。“良い泥仕合”と言える。自動車の世界も40年経ってずいぶん大人になった。

 泥仕合はさらに続いて欲しいし、ホンダや三菱自動車にも参戦して欲しい。ホンダは東京モーターショーに出品した「N BOX」の新エンジンでボアを64mmにした。スズキが64mm、ダイハツが63mmだから、最新の軽自動車用エンジンの標準的な寸法に並んだ。今までホンダの軽自動車用エンジンは気筒当たり2弁であったため、吸気弁を大きくする必要があり、ボアが71mmと巨大だった。燃費のよいエンジンの基本は小さなボア、長いストロークだから、新エンジンでようやく燃費競争に参加する資格を得たことになる。

 現チャンピオンのアルトエコは、ことし登場したばかりの「R06A」エンジンを早くも改良してきた。クランク軸を支える軸受のメタル幅を今までより10%狭くして接触する面積を減らし、摩擦抵抗を減らした。これは過給エンジンとの共用をあきらめ、専用クランクとしたおかげだ。

 ピストンスカートの樹脂コーティングは、今までは均一にしていたが、波状のパターンに改めた(図1)。これで樹脂のない部分に潤滑油がたまる。波状なので、油は上死点では上に凸の所にたまり、下死点では下に凸の所にたまって安定した油膜を作る。接触面積が減ったこともあって摩擦損失が減った。

 ピストンリング3本のうちトップリング、オイルリングの2本のコーティングをCrN(窒化クロム)からDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)に変えた。特にアイドリングストップからの再始動など、油膜ができにくい状況で、摩擦抵抗を減らせる。

 燃料ポンプは今まで一定の電圧、電流で作動させていたため、最大流量の燃料を常にエンジンに供給し、リターンパイプでタンクに戻していた。「エコ」ではポンプのモータをPWM(パルス幅変調)制御して必要に応じた流量に抑え、消費電力を約40%減らした。最終的にはインジェクタで流量を制御するため、リターンパイプは残した。

 最高出力を出す回転数を6500rpmから6000rpmに下げ、サージの心配がなくなったので弁ばねの荷重を約25%減らすことができた。これでカム軸を駆動するトルクが減ったため、タイミングチェーンのアジャスタのばね荷重を約30%下げられた。

 エンジン以外でも、あちこちの抵抗を減らした。軽自動車初のハブ一体構造軸受を前軸に採用し、後ろの車軸の軸受も構造を見直して回転抵抗を減らした。前のバンパは左右に横方向の段差を設け、車体の側面に空気が素直に流れるようにした(図2)。またバンパ自体を薄くして軽くした。タイヤは専用で新たに開発したゴムを採用、空気圧を標準車の240kPaから280kPaに高くして転がり抵抗を減らした。LED(発光ダイオード)とすることにより、消費電力を後ろのコンビネーションランプで1/8に、ハイマウントストップランプで1/5にした。これは発電機の負荷を減らすことにより、回り回って燃費を良くすることにつながる。こうした積み重ねで、JC08モード燃費を、同じ「R06A」エンジンを積む「MRワゴン」の最高24.2km/Lから30.2km/Lに向上させた。

 「細かい」と感じるだろう。その通りである。細かいことを粛々と実用することが、泥仕合に勝つ秘訣だ。泥仕合が31km/L、32km/Lと進むにつれ、「燃費以外のすべてを犠牲にしており、実用的ではない」という批判も出るだろう。それでも、300km/hと302km/hの戦いよりは、ずっと実用的ではないか。

■変更履歴 掲載当初、「最大トルクを出す回転数を6500rpmから6000rpmに下げ」と表記していましたが、正しくは「最高出力を出す回転数」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。