東日本大震災の影響により、これまで気づかなかった日本の良いところ悪いところがあぶり出されてきた感があります。日本の良さとして、電機や自動車など世界の中でも競争力のある産業が明確になりました。今までのように原子力発電に電力供給を頼れなくなる今後は、個人も企業も省電力型のライフスタイルや産業構造への転換が必要になることでしょう。ただしこれは、今までの日本の強みを十分に保持し、活かした上で行うべきです。

 先日ある新聞記事で、この震災により、日本の輸出が自動車や半導体などの電子部品に偏っていること、これらの産業が大量の電力を消費していること。そして、戦後の日本を支えてきた自動車や電機分野に依存した産業構造を転換する必要があることが書かれていました。確かに、エネルギーを消費しないで製品を製造し、外国に製品を輸出できる産業ができれば素晴らしい。例えばアメリカが強みを持つOSなどのソフトウエア産業は製造に掛るコストはほとんどゼロです。日本でもソフトウエアの強化が叫ばれるようになってから、ずいぶん長い年月が経ちますが、今でもやはり日本の強みは自動車や電機、材料などのハードウエアです。

 この記事は、自動車依存から脱却を、という主張をしていましたが、日本が強みをもつ自動車や電子部品から脱却、というのは戦略として正しいのでしょうか。私はむしろ、日本が強みを持つ、自動車や電機産業が今回の震災で少し弱くなりかけていることを心配しています。長年の厳しいグローバル競争の中で生き残った自動車産業や電機産業は、日本の貴重な財産です。製造に大量の電力が必要だからといって、消費者に不要なわけではありません。世界からの消費がなくなるわけではないのに、世界で一番の座を降りる必要はありません。というのも、新しい産業でいきなり一番を目指すのは非常に難しいのです。一番であり続けようとしなければ、二番・三番でいることも難しい。日本は、今一番である産業の強みを保ちながら、より低電力で製造する方法を探求して、世界ナンバーワンであり続けることを目指すべきではないかと思います。

 米General Electric社(以下GE)の前CEOジャック・ウエルチが、経営に行き詰ったGEの事業をリストラする際に、「世界でNO.1、悪くてもNO.2になれない事業分野からはすべて撤退する」という方針を決めました。そして、周囲の大反対を押し切って、GEが創業当初から行っていて、GEの本流事業である家電部門から撤退しました。グローバル競争が激しい世界で1番か2番でなければ生き残れない、というのは例えば、HDD産業やDRAM産業の最近の動向を見ればわかります。どちらの産業も最盛期には世界で数十社あったものが、現在では、HDDは米Seagate、米Western Digital、東芝の3社に集約され、DRAMは韓国Samsung Electronics、韓国Hynix、エルピーダメモリ、米Micron社の4社に集約されました。

 良し悪しはともかく、このように現実のビジネスでは強い企業が更に強くなることが多いのです。こういった現象を、社会心理学者のロバート・マートンは新約聖書のマタイの福音書の一節「持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持ってない人は、持っているものまで取り上げられるであろう」から、マタイ効果と名付けました。HDDやDRAMで市場シェアが小さい企業が次々に強い企業に吸収されていったのは典型的なマタイ効果と言えましょう。マタイ効果の理由は色々あります。

 まず規模の経済により、生産量が多くなるほど、学習作用によって工場での歩留まりが向上する。その結果、製造コストが低下し収益が高まります。つまり作れば作るほど、売れば売るほど、コストは低下するのです。次に、スイッチング・コストがあります。2月23日の本コラム「新技術の商品化にはスイッチング・コストの克服がカギ」に記載したように、顧客が既存の製品から新製品に乗り換える時には、顧客は新製品に適応するためにシステムを変更するなどのスイッチング・コストを負担しなければいけません。また、実績のある企業や製品に対しては安心や信頼感を感じ、逆に実績の無い企業や製品に対しては不安を感じるといった心理的な要因もスイッチング・コストです。

 今回の震災で被災した産業では、ルネサス エレクトロニクスの車載向けマイコン(マイクロコントローラ)が日本の強みの代表格と言えましょう。最近の自動車ではコンピュータを駆使しての制御が一般的になっています。特にハイブリッド車や電気自動車では数十個ものマイコンを使用し、半導体部品が自動車の製造コストの40%を超えるとも言われています。ルネサス エレクトロニクスは車載向けマイコンでは、世界の市場シェアで3割を握り世界トップの地位を保ってきました。