「明細書」の役割については,どうにか理解できた樋口くん(明細書の役割については,前回を参照)。一通り目を通したところ,発明の内容に関する記述で特に間違っている部分はなかったので,上木課長に承認をお願いしました。ところが,上木課長には「もう少し注意して読み直した方がいいと思う」と,明細書を返されてしまいます。技術的な間違いがないことは注意して確認したはずなのに,何がよくなかったのでしょうか?

イラスト:やまだ みどり

 今回は,設計者が明細書等をチェックする際に注意すべきポイントを紹介します。明細書等に記載されている内容が技術的に正しいかどうかを確認するのは最も重要なことです。しかし,それ以外にも大切なことがあります。それは,発明の要点とは関係がないところで,企業にとって「公開したくない内容」を含んでいないかどうかを確認することです。

 特許権は,発明の内容を開示することの“代償”として付与されるものなので,発明の要点に関しては明細書にしっかり記載する必要があります。逆にいえば,発明の要点と全く関係がない部分を詳しく記載しすぎる必要はありません。権利付与を請求するわけでもないのに,世の中に一方的に自分の技術を公開することになるからです。従って,明細書中に発明の要点と関係がない部分で開示したくない企業秘密が記載されている場合,知的財産部や弁理士に修正を依頼する必要があります。

試行錯誤で得たノウハウを思わず…

 ここで具体例として,筆者が実際に明細書の修正依頼を受けたケースを紹介します。工作機械に関する発明で,発明者から提出された資料に「部材Aと部材Bのすき間が○○~○○mmである」という寸法の説明がありました。筆者はこの分野における一般的な寸法の例示と推察し,この表現をほぼそのまま明細書中に記載しておいたのですが,後日発明者から「思わず資料に書いてしまったのですが,よく考えたらこの寸法は試行錯誤によって見つけた絶妙な寸法でした…。削除できますか?」という相談がありました。この寸法は,発明の要点と大きな関係はなかったので,明細書からは削除しました。

 別のケースでは,発電装置の内部構成に関する発明において,発明個所が全体構成の中でどこに位置しているのかを説明するため,発明者から提出された図面に基づいて「全体構成図」を作成しました。この全体構成図を発明者に見せたところ,発明者から「打ち合わせのときに言い忘れてしまったのですが,実は発明個所の隣にある部品Cの形状が特殊でして,まだ開示したくないのですが…」という相談を受けました。幸い,この部品Cの詳細な形状を記載しなければ全体構成を理解できなくなるというものではなかったので,部品Cの形状の特徴が分からないように簡略化しました。

 このように,明細書の内容が技術的に正しいかどうかということ以外にも,発明内容の開示という観点からチェックしなければならないことがあるというわけです。樋口くんの例に戻ると,上木課長は発明の要点とは関係がない部分で開示したくない項目を発見したので,樋口くんに明細書の見直しを指示したと考えられます。

打ち合わせの段階で伝えておこう

 とはいえ,開発業務に忙しい設計者にとって,開示内容に配慮しつつ弁理士が理解できるように発明提案書および参考資料を用意するのは非常に難しいと思われます。従って,筆者の場合は,明細書作成前の打ち合わせの段階で「この資料の内容は開示していいものなのか?」と思ったものに関しては,発明者に確認を取るようにしています。その際,明細書に記載した方がより好ましいものの発明者が開示について悩んでいるときは,上司と相談して後日連絡をしてもらうようにしています。打ち合わせ時の参考資料や図面などに開示したくない内容が含まれている場合,その旨を弁理士に伝えておくと,開示したくないはずの内容が明細書に記載されていたといった事態を防ぎやすくなります。

 以上,設計者が明細書等をチェックする際に注意すべきポイントについて,発明開示という観点から説明しました。ただし,誤解を招かないようにしておくと,発明に関係する部分はしっかりと開示しなくてはなりません。開示しなくてはならない内容を出し惜しみしてしまったために,実施可能要件を満たさないと認定され,本来特許をとれた可能性もあったのに拒絶されてしまう恐れさえあります。また,仮に出願拒絶された場合に,従来技術との差異を主張するために特許請求の範囲を補正(補正については,後の回で詳しく説明する予定です)して対応する必要があるのですが,出願段階で発明の要点の周辺事項を詳しく書いておくと,この補正がやりやすくなることがあります。そのため,一見すると“書きすぎ”に思えても将来の対応(補正)を見越して記載するというアプローチもあるのです。なるべく開示したくない内容が明細書に記載されていた場合に,発明の要点の説明として残した方がよいのか,それとも開示しない方がよいのかは,難しい問題です。少しでも迷った場合は,担当の弁理士に相談してみましょう。