関東精器(現カルソニックカンセイ)に納入した射出成形機の故障が相次いでいる。米ボーグワーナー社が開発した射出部分も問題だが,型締め装置のトラブルが目立つ。こうした中,関東精器から武田工場長が宇部興産に来られた。次の射出成形機の導入計画について調査するためである。

 自動車部品にはバケツのような深物はなく,インストルメントパネル(インパネ)にしても薄物だ。そのため,「ストロークの大きな型締め装置は不要であり,直圧式でなくトグル式でよいのではないですか」と私は武田工場長に提案した。当時の射出成形機の業界では,小型械ならともかく,大型機にトグル機構を使うことなど非常識だった。しかし,ダイカストマシンではこうした機械にトグル機構を使うことが常識になっていた。現に,我々はトヨタ自動車向けに2200tのダイカストマシンを6台製作中で,もちろん,これらの機械にもトグル機構を採用していた。

 トグル式にすれば,油圧ポンプの油も少なく,動力も小さくて済む。その上,型合わせ時の衝撃が小さく,トラブルが少ないはずだ。こう説明すると,武田工場長は私の提案を受け入れてくれた。武田工場長自身に,かつてダイカストマシンを扱った経験があったためだ。こうして,我々はトヨタ自動車向けの2200tのダイカストマシンと同じ型締め装置を採用した射出成形機を開発し,関東精器の吉見工場に納入した。これが,世界初のトグル式の大型射出成形機である。

 これで型締め装置のトラブルは一段落したが,ボーグワーナー式の射出装置の不調は続いていた。これを解決すべく,我々は射出装置をスクリュ式に転換する準備を開始した。クロスウエーブスクリュの開発だ。私は部下の川口東白君と「関東精器と首の皮1枚でつながっている間に,なんとか改善して信頼を取り戻そう」と話し合い,出した結論だった。

 トラブル続きで激しいクレームを受ける中でも,宇部興産に理解を示してくれる人物も関東精器にいた。その1人が茨木常務だった。我々がなんとかクロスウエーブスクリュ式の射出成形機を完成させた時には,茨木常務は関東精器の技術幹部一行を連れて宇部興産まで立ち会いに来てくれた。そして,開発した機械を見ながら我々の技術説明を聞いた後でこう言ってくれた。「宇部興産にはこれまで散々だまされてきた。だから,だまされついでに,もう一度だまされてみるか」と。

 射出装置にクロスウエーブスクリュを選択したことは正しかった。これで長年の懸案事項だったボーグワーナー式の呪縛から逃れることができ,トラブルはほとんどなくなった。しかし,茨木常務のように理解を示してくれる人が顧客企業にいなかったとしたら,我々が何度「改善しました」と繰り返したところで,頻発するクレームに激怒し,最悪の場合は損害賠償まで請求された上に,取引を切られていたかもしれない。

 しかし,さらに重たい課題が残っていた。我々には関東精器のほかに大口の顧客がいた。トヨタ自動車だ。同社の堤工場には,我々が納めたボーグワーナー式の1500tの射出成形機が17台も稼動していた。そのうちの1台が深刻なトラブルを起こしたのだ。懸案の射出装置から樹脂が漏れ,そこに引火して火事を発生させてしまったのである。