英国科学博物館の奇妙な展示

ロンドン科学博物館の展示。
写真8 ロンドン科学博物館の展示。
ガラスケースの中には、写真が1枚だけ飾られている。

 物語の舞台は一転して、現在にタイムスリップしよう。場所は、ロンドンの科学博物館。そこには、こんな説明が添えられた興味深い展示がある。なにしろガラス・ケースの中には、実物の代わりに写真だけが置かれているのだ(写真8)。

プラスチック・チップ:プラスチックが、シリコン・チップを置き換えるかもしれません。ケンブリッジの科学者たちは、半導体プラスチックを用いてトランジスタを作っています。(中略)プラスチック・トランジスタは、まず読む内容を動的に書き換えることのできる、しなやかな電子スクリーンに用いられるでしょう。各ピクセルは、微小なプラスチック・トランジスタによって駆動されます。それは、トップ・シークレットですが、2007年後期から、そのプロトタイプが登場するでしょう。

 しかし、この説明とはうらはらに、2009年2月現在もそこにプロトタイプが置かれる気配はない。プロトタイプの代わりに今でも置かれている写真には、すこし曲げた「電子ペーパー」を読む女性の姿が写っている。

ケンブリッジ・サイエンスパークにあるA社の最初の社屋。
写真9 ケンブリッジ・サイエンスパークにあるA社の最初の社屋。

 ここで登場するディスプレイの事業化に取り組んでいるのは、ケンブリッジのベンチャー企業だ。現在も活発に活動をしている会社なので、名前を秘匿し仮にA社としておこう。このA社は2000年12月に創業した(写真9)。そして資本調達の第1ラウンドで300万ドルの資本を入れたのが、アマデウス・キャピタル社であった。なにしろA社が作ろうとしているしなやかなディスプレイは、ハウザーが1988年にABC社を立ち上げ、手のひらに乗せて使うコンピュータを開発し始めたときからの夢だったのだ。

 このA社の創業者は、ケンブリッジ大学教授のサー・リチャード・フレンド(Sir Richard Friend)とヘニング・シリングハウス(Henning Sirringhaus)、そして元マッキンゼーのスチュアート・エバンズ(Stuart M. Evans)の3人である。したがって、ロンドン科学博物館の写真展示の説明に出てくる「ケンブリッジの科学者たち」とは、フレンドとシリングハウスをさしていることがわかる。

 フレンドは、1995年以来の第9代キャベンディッシュ・プロフェッサーである。彼の専門は、有機半導体。第6代(1954 – 1971)のモット、第7代(1971 – 1984)のブライアン・ピパード(Brian Pippard)、第8代(1984 – 1995)のサミュエル・エドワーズ(Samuel Edwards)と、正統的な物性物理学(固体物理学)の世界的権威が続いたキャベンディッシュ・プロフェッサーは、ここで大きく有機物研究へと舵を切ったことになる。