「見えないマージン」

 本コラムでも以前に,日本の半導体産業の製造現場には,後工程のことを考えて仕様書にない「見えない」マージンをのせる改善活動を行う慣習があったという話を書いたことがある(これに関連した以前のコラム)。ということは,日本の東芝やエルピーダメモリが,各々フラッシュ・メモリやDRAMで競争力を上げてきたのは,積極的な設備投資が主因だといわれているが,さらにその背景には半導体産業は擦り合わせ型の要素をもっていたという面があるということになりそうだ。

 色々な用語が出てきて恐縮だが,「擦り合わせ型」と,冒頭で述べた「エンジニアリング型」というのは類似した概念であると考えられる。そうなると,半導体産業は,「サイエンス型」といっていいのか,「エンジニアリング型」といっていいのかよくわからなくなってくるが,サイエンスをベースにしつつも,エンジニアリングの要素が加わったものなのだろう。だとしたら,メモリはSoC(System on a chip)など他の半導体に比べて「エンジニアリング」の比率が大きい半導体ということなのかもしれない。

 そう考えていくと,日本メーカーは,結局のところ本来得意な分野でしか競争力を上げることは難しいのだろうか,という複雑な思いにもとらわれる。湯之上氏はちなみに,同論文の中で,韓国メーカーはマーケティング力に優れ,台湾メーカーはSoCを設計・製造する仕組みの構築力に優れていると述べている。この二つの能力はいずれも,「サイエンス型」や「エンジニアリング型」とはまた別のものだが,日本メーカーがなんとか手に入れようと躍起になってきたものだ。結局,得意でないものには手を出さない方がいいのか,得意でないからこそ「多様化」のために手を出した方がよいのか,考えさせられる論文であった。

ムーアの法則が適用できる条件とは

 さて,自動車産業とエレクトロニクス産業の間にある違いの中でもう一つの重要なポイントを挙げると,イノベーションのスピードがある。「サイエンス」と「エンジニアリング」というより,「ムーアの法則が働きやすい世界」と「ムーアの法則が働きにくい世界」と言ったほうがいいだろうか。

 ムーアの法則とイノベーションの関係を考えるうえで参考になったのが,上武大学大学院経営管理研究科教授の池田信夫氏が書いた『過剰と破壊の経済学~「ムーアの法則」で何が変わるのか?』(アスキー新書)である。

 池田氏はまず,なぜ「半導体の集積度は18カ月で2倍になる」というムーアの法則が実現した要因を4点にまとめて分かりやすく解説する。すなわち(1)豊富に存在するシリコンを材料としているため素材の稀少性に制約されない技術革新が可能になったこと,(2)プレーナ技術によって工程が単純化されたこと,(3)特定の用途に依存しない汎用の半導体が大量生産されることにより,量産効果が劇的に上がったこと,(4)すべてのコンピュータに必要な汎用部品であるために市場規模がきわめて大きかったこと---の4点である。