承前

パラダイム持続型イノベーション

 過去の大きなイノベーションについて、イノベーション・ダイヤグラムを描きこんでみると、興味深いジレンマに気づく。それは、ラディカルなイノベーションであればあるほど、イノベーション・チェーンを持続的につむいでいくために本質的なプロセスは、つねに土壌の下にあって価値創造には直接的にかかわらない「知の創造」を途中に含むということである。一方、価値創造を直接的ゴールとして行なう「開発」はそれだけでは結局のところ抜群の競争力をもつような新しいパラダイムの経済的・社会的価値を創造することはできない。平たくいえば、儲けることを直接的目標にして製品やサービスを開発しても、長期的に儲けることは不可能だということでもある。

 それは、あたかも土壌と植物の関係に似ている。植物が芽を出し、やがて大木へと成長するときに、枝の剪定をしたり害虫を駆除したりすることは必要だ。しかしやがてその木自身は、寿命が尽きて枯れる。しかし土壌が豊かであれば、繁茂する根が土壌を耕し、新しい芽を土壌の上に生み出すだろう。このことを、図2を用いて説明しよう。


図2 パラダイム破壊型イノベーションとパラダイム持続型イノベーション

 ある「知」Sから出発して発明された技術A(つまり価値づけられた知識)が存在するとする。このAから出発して、ふたたび他の技術を取り入れながら開発を行なうことで新技術A’ を発明することは、もっとも広く行なわれている。このS→A→A’というプロセスで生まれたイノベーションを「パラダイム持続型イノベーション」と呼ぼう。それは、元来のパラダイムS に立脚しそれを持続させたものに他ならない。

 この「パラダイム持続型イノベーション」もまた、競争環境の下で外部の技術を取り入れ、それを統合して新技術を具現化している以上、薬師寺のいう「エミュレーション」である(前回記事参照)。ところが、この競争力の持続性はさほどではない。なぜならば新技術A’ は、畢竟ひっきょうその世界の誰もが原理的に知りうる「知」Sの集合体にもとづいているので、その連結や統合の仕方に新しい知の創造が含まれていない限りは、容易に模倣できるからだ。