責任とお金の関係は?

木崎 ところで,なぜ「お金」が欲しいのだろう? という疑問に,明確な答えがまだ出ていません。この点について,皆さんはどう思われますか?

勝力 責任に見合った給与が得られていないという理不尽な状況だから。

大黒 絶対的に生活が苦しくて,今より暮らしを豊かにしたいから。

木村 家族の笑顔を得るためということかな?

木崎 うーん,どれも決め手に欠けますね。

大黒 それじゃぁ「お金」以外に,責任に対する対価を求めることはできませんかねぇ? 例えば,高級クラブで接待されて楽しい思いをするとか,海外出張をビジネスクラスで行くとか,部下に仕事を押し付けられるとか,この程度の発想では駄目かな(笑)。

木崎 そういった待遇の面で対価を求めたい人は,一生懸命,組織の上を目指さないといけないですね。

木村 実際,転職をすると給料って上がるものですか?

勝力 経験から言えば,下がったときもありますよ(笑)。それどころか給料が減って責任だけが増えたという状況ですね(笑)。

大黒 お気の毒に…。勝力さんは今回のテーマにぴったりですね。でも,勝力さんのように,自分がやっていることと対価がミスマッチしている人は,世の中には少なくないと思いますよ。

木村 日本企業の傾向として,いったん役職があがると降格になることがまずない。テレビの「笑点」で言えば,一度もらった座布団は取られない状況です。だから,勝力さんとは逆の立場,すなわち給料が高くて責任がないという本末転倒なミスマッチが起きてしまう。本人が座布団を返す気がないから,いつまでもこのような状況がなくならないのが日本の企業でしょう。

木崎 責任の重さと対価の額,このミスマッチがモチベーションの低下を招いて,転職につながるんでしょうか。

勝力 確かに転職の理由として大きいと思います。でも,このミスマッチを解消するのは難しいですね。責任を果たしたかどうかを定量的に測れないことも多いですので。実際,みなさんの周りにも定量的,定性的のどちらを取ってもミスマッチは多く存在しているのではないでしょうか。企業が売上を上げて成長していく事を前提において理想論を言うと,自分が稼ぎ出した会社の利益に対して,給与が支払われるべきだと思いますが,こと製造業に当てはめると原価低減の額でしか測れなくなってしまうんですよね。原価の低減率は年々低くなっていくし,直接どれだけ利益に貢献しているかを測ろうと思うと複雑な管理会計制度を作り出さないといけない。一方で,間接的な業務や貢献も評価する必要がある。

大黒 発想を変えて,こんな風に考えてみませんか。責任に対して賃金が割高という状況の人に対して,責任相応の賃金レベルにまで下げた場合に,その人のモチベーションは維持できるのか?

木村 多分,無理でしょうね。

大黒 では,彼らの賃金を下げずに責任とのギャップを是正しようと思ったら,会社として給与の原資を増やし,給与テーブルの底上げを実現せねばならず,つまるところ売上を伸ばさない限り是正はできない。しかし,これもまた難しい。

木村 現実的に,一度上がった賃金水準を下げることは許容できないと思います。賃金を下げると間違いなく転職の可能性を探るでしょう。これも,モチベーションが下がる1つの要因です。

大黒 ところで,責任とお金のバランスが逆な人,つまり,勝力さんみたいに,責任に比べて給料が少ない人の場合,責任に見合った給料にすれば納得し,モチベーションは向上するのでしょうか?

木崎 勝力さん,どうですか。

勝力 給料が上がるのは正直うれしいですけど,同時に今までグレーだった責任が明確になってしまうので,その点に関してはちょっと考えますね。グレーな部分で楽をしている部分もありますから。

大黒 そうでしょう。結局,責任と対価の関係を明らかにして是正したとしても,うれしいと思う人は多くはないと思います。アンケート結果をより詳細に分析すると,もっと違った解が見つかるかもしれませんね。

木村 でも,責任に対する対価は必要ですよ。その度合いは,どうにかして測らなきゃならないですよね?

大黒 責任が増えると言うことは,誰も判断しないことに対して,自分で判断を下して仕事を進めると言うことです。

勝力 リスクを取ってくれ,ということと同義ですね。

大黒 自らリスクを取って成果が出れば自信となり,信頼や名誉を得ることができるのですから,これで対価を得たことになりませんか。そして,このことがモチベーションの維持,向上につながりませんか。

勝力 でも,リスクを取って成果が出にくいような場合は,モチベーションどころじゃないでしょう。

木崎 リスクを許容できる人はいいのですが,貧乏くじを引いたと思って,被害者意識が芽生えてしまうと,逆効果となって,もうモチベーションは上がりませんよね。

木村 自らリスクを取れる人は,責任と対価のギャップを現実として受け入れられるが,リスクを取りたくないと思っている人は,耐えられないギャップと感じるのでしょう。

勝力 「お金」を出しても,無理に責任を重くしたらモチベーションは上がらないし,もともとリスクを取る気のある人は「お金」がついてこなくても,チャレンジすること,そして成功することがモチベーションの源になる。

木崎 そうすると,責任という切り口でも見ても「お金」とモチベーションが直接連動するかどうか説明しきれないことになりますね。

大黒 この“不本意な責任”とも言える問題は,会社として人材の配置が適材適所になっていないという根本的な問題が絡んできます。しかし,会社が持っている人材と業務に必要な能力の間には,どうしてもギャップが生じるものだという事実認識も必要です。

木崎 責任とリスクの対価が「お金」であるならば,“不本意な責任”を回避するためにも,正当に責任とリスクを評価する必要がありますね。そこで,次回は,評価する人される人という視点から,「」編でモチベーションを考えて見たいと思います。



【今回の要旨】
■「お金」は技術者のモチベーションを向上させるか

  1. 「お金」を責任とリスクの対価と考えると,モチベーションを直接的に向上させることは期待できない。ただし,モチベーションの維持には貢献する。
  2. 一方で,責任と対価のアンバランスから“不本意な責任”も発生する。
  3. “不本意な責任”には,正当な対価を得ていない場合と過度な責任の2つがあるが,いずれにせよ,“不本意な責任”がモチベーションの低下を招きやすい。
  4. “不本意な責任”を回避するためには,責任と対価のバランスを是正することが必要不可欠だが,逆に,是正そのものがモチベーションの低下を招く恐れもある。