「私がオーバルルームに入ってまずやる初仕事は、新しく建築する連邦政府の建物をすべてカーボン中立化するよう行政命令を出すことです」

 こう約束したのは米国のヒラリー上院議員である。「カーボン中立化(ニュートラル)」とは、自らエネルギー消費などを削減し、残る分についてはオフセット(他所で減らしたもので相殺する)によって、結果としてCO2を一切出さないことをいう。ヒラリー上院議員は大統領になったときの初仕事にこれを挙げ、温暖化対策に注力することを宣言したのである。

 次期大統領を選ぶ予備選は2008年1月3日のアイオワ州を皮切りに、いよいよ始まる。両党の候補者達は追い込みに必死だ。そうした中、去る11月17日にロサンゼルスで米国の大統領選史上初めて、立候補者による温暖化問題に関する討論会が開かれた。その席上で飛び出したのがこの発言だった。

 同議員はすでに発表している「エネルギー・気候計画」の中でCO2を2050年までに1990年比で80%削減することを目標として打ち出しており、温暖化問題への対応に極めて意欲的だ。予備選が近づくにつれ、その内容も具体性を帯びてきた。石油業界への税金による支援を打ち切り、それによって浮く財源を使ってエネルギー研究への投資を倍増するためのエネルギー戦略ファンドを500億米ドル規模で立ち上げる構想などを発表している。

 ヒラリー議員は極めて現実的な政治家だといわれる。その彼女が温暖化問題を積極的に取り上げているのは有権者が温暖化を重要視し始めたのを敏感に嗅ぎ取っているからに違いない。

豪州の政権交代

 温暖化問題が政権の行方に影響を与え始めたのは米国だけではない。例えばオーストラリア(豪州)。保守系のハワード首相は米国との連携に熱心なあまり、京都議定書についても米国に追随し、参加しなかった(先進国中で京都議定書に入っていないのは米、豪の2カ国のみ)。つまり温暖化問題に熱心ではなかった。ところが同国は、ここ数年大干ばつに襲われ続け、穀類生産や畜産業が大打撃を受けている。それだけではない。山火事は頻繁に起き、日常の生活においても水使用に厳しい制限が設けられるなど、国民は温暖化の影響と思われる異常気象に極めて敏感になっていたのだ。

 その空気を読めなかったハワード首相は、2007年11月24日に行なわれた総選挙であえなく京都議定書への復帰を公約とした労働党に破れてしまった。1929年以来という現職首相の落選となり、11年間も豪州を率いてきた大物が政界から消えていったのである。その結果として政権を手に入れた労働党が京都議定書の批准手続きに入ったのは言うまでもない。

英国の政権争い

 温暖化問題が政治テーマになっている国は、ほかにもたくさんある。例えば英国。トニー・ブレア前首相の下10年以上にわたって政権を担ってきた労働党だが、ここに来てにわかに温暖化対策の強化に乗り出している。

 2007年3月初め、EUは注目される政策を打ち出した。「EUは単独(他の地域や国が動かなくとも)にでも2020年までにCO2を20%削減する(後に30%へ引き上げた)」と。そのコミットメントに世界が驚く間もなく、英国は何と「2050年までに60%削減する。途中経過として2020年には30%程度の削減になるだろう」と公約したのである。

 なぜ、労働党政権はこれほどまでに積極的なのか。実はその背景には次期政権奪取を狙う保守党の存在がある。長年政権から外れてきた保守党は念願の政権復帰のための切り札として若き党首を選んだ。デイビッド・キャメロン党首である。41歳になったばかりだ。そのキャメロン党首だが、政権奪取の戦略に温暖化問題を大きく組み込んだのである。自らも環境派であることをアピールするために、わざわざ自転車で出勤するところをテレビ放送で見せたり、北極圏を訪ねたりと、なかなかの役者でもある。

 その保守党に負けてはならずとして意欲的政策を打ち出しているのが労働党なのである。次期総選挙は遅くとも2009年には行なわれる。それまでに労働党政権に実績として革新的な温暖化対策を打ち出しEU内での主導権を握りたいのである。ブレア氏から政権の禅譲を受けたブラウン首相は、さらに目標を60%削減から何と80%削減に引き上げたのだ。ここへきて人気が衰えてきた同首相も内心穏やかではなくなったのだろうか。ここでも温暖化対策の是非が政権交代の引き金になりかねないのである。

もう高速道路は作らない

 環境対応先進国の中ではやや遅れ気味であったフランスだが…(次のページへ