もう高速道路は作らない

 環境対応先進国の中ではやや遅れ気味であったフランスだが、サルコジ大統領になってから急に動き始めている。2007年10月下旬には、極めて斬新な政策を打ち出した。科学者、経済学者、労働組合、NGOなど国内のステークホルダーを集めての議論の成果である。2010年までに白熱灯の使用を禁止(いま世界の流れ)、高速道路はつくらない。新空港も作らない。作るのは高速鉄道(TGV)だと。

 CO2をたくさん出す飛行機や車はもう十分だ。高速の公共交通機関こそこれからの主役だと言うのである。これらの環境政策の発表会にわざわざアル・ゴア氏を呼ぶほどの熱の入れようだ。これからも道路網の整備に63兆円ものお金を使うと高言しているどこかの国とは、まったく発想が違うのである。

 一方、パリでは「ベリブ」と呼ばれる貸し自転車が人気を呼んでいる。しゃれたデザインの自転車1万台が300~400mおきのデポに置かれ、通勤する人や観光客に喜ばれているという。1日券で1ユーロと手軽な値段。自動車の渋滞、その排ガスから出るCO2の削減だけではなく、市民やパリを訪れる人の健康までも考えた粋な計らいである。

自動車税は炭素税に

 お隣のドイツは、筋金入りの環境大国である。長年「緑の党」が政権の一翼を担っていたように、すでに多くの実績を持つ。メルケル首相は、京都議定書が生まれるきっかけとなったCOP1(1995年3月)がベルリンで開かれた時の環境大臣である。そして、2007年のハイリゲンダム・サミットの議長として、安倍前首相も提案者の一人となった「2050年までに世界のCO2を50%削減する」ことを検討する合意を取り付けた功労者である。

 そのドイツが驚くことに、2020年までに40%を削減すると公約した。そのための手段として、これまでの自動車重量税をCO2の排出量に基づいた課税方法に切り替えるとしている。いよいよ真打の登場といった感がある。

削減目標は競争の時代に

 2007年6月のハイリゲンダムの合意を受けて、世界水準では「2050年までに50%削減」という相場感ができてきたようだが、先進国では前述のようにそれを上回る削減目標が求められている。先進国間では、競って高い目標を掲げることで世界のイニシアチブを取ろうとする動きになっているということだろう。それは欧州だけではない。あの米国でもそうなのである。米国連邦政府は依然、削減の義務化には反対だが、お膝元の連邦議会では削減法案が目白押しだ。

 2007年12月初旬、連邦議会では歴史的な採決が行われた。上院の環境公共事業委員会で初めて削減法案が賛成11、反対8で承認されたのである。民主党系無所属のリーバーマン議員と共和党のウオーナー議員が共同提案した米国気候安全保障法案で、数ある法案の中で最も有力といわれている法案である。その中身は2050年までに2005年比63%の削減を目指すというもの。発電所や工場などに排出枠を設け、排出権取引市場も作る。さらに将来のある時期には、米国向けに大量に商品を輸出している国が同じような対策を取っていなければ、輸入関税でバランスを取るというのである。

 州や市のレベルでも大きな動きがある。ニューヨーク・マンハッタンの隣のニュージャージー州では2007年7月、2050年までに80%削減することを州法で決めてしまった。温暖化対応で世界のリーダーになると公言しているシュワルツネッガー知事率いるカリフォルニア州でも同じような目標を掲げたロードマップを発表している。全米で約30もの州が地域連合を組みCO2の削減に取り組み、共同で排出権取引市場の開設を目指しているのである。先発のEU排出量取引制度を中心に、ニュージーランドやカナダの州も交え国際的な提携も始まっている。

やっぱり取り残される日本

 つい先日バリ島で開かれた「COP13」の会議。曲がりなりにも世界のすべての国がポスト京都の議論に参加することになったのは良い結果であった。その成果については批判も多いが、決裂よりはずっとましである。

 そのバリ会議でガクンと評判を落としたのが日本のようである。いつものことながら自らの主張がハッキリせず、例によってNGOからはあり余るほどの「化石賞(最も後ろ向きの議論をする国に皮肉を込めて贈られる賞)」をもらった。国内では環境対応先進国、環境技術世界一などと言ってはいるが、世界からは違った目で見られていることに気付いていない。

 COP13の会場でドイツの環境NGOが発表した調査結果によれば、日本は温暖化対応で世界ランキングの42位なのだそうである。2006年の26位からどんと下がり、ついにあの中国(54位から40位に浮上)にも抜かれてしまった。要は、国としての政策が全く評価されていないのだ。

 2008年には洞爺湖サミットがある。こんな状態でそのときを迎えれば、日本を除くG7の国々はサミットをパッシングするに違いない。国内でいつまでも議論が拡散しているような国には世界の最も深刻、かつ急を要する問題を議論する会議のホスト役を任せられないと思うからである。

 日本という国は人類の将来世代にどれだけの責任ある態度をとれる国になれるのだろうか。2008年は日本と日本人に、それが問われる年になるのである。

著者紹介

末吉竹二郎(すえよし・たけじろう)=国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEPFI)特別顧問
1945年1月、鹿児島県生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱銀行入行。ニューヨーク支店長、同行取締役、東京三菱銀行信託会社(ニューヨーク)頭取、日興アセットマネジメント副社長などを歴任。日興アセット時代にUNEPFIの運営委員会のメンバーに就任したのをきっかけに、この運動の支援に乗り出した。2002年6月の退社を機に、UNEPFI国際会議の東京招致に専念。2003年10月の東京会議を成功裏に終え、現在も引き続きUNEPFIにかかわる。企業の社外取締役や社外監査役を務めるかたわら、環境問題や企業の社会的責任(CSR/SRI)について、各種審議会、講演、テレビなどを通じて啓蒙に努めている。趣味はスポーツ。2003年ワイン・エキスパート呼称資格取得。著書に『日本新生』(北星堂)『カーボン・リスク』(北星堂、共著)『有害連鎖』(幻冬舎)がある。