建築プロジェクト入札の不正行為にみる日中の規範の違い

 そうした日中の「共同体」と規範のあり方の違いは,経済活動にも影響を与える。例えば,政府の建築プロジェクトの入札で不正行為が発生しやすいのは日本でも中国でも同じだが,その不正の性格が違うのだと東氏は書く。

 日本では,建設会社で働く人にとっては,建設業界がもっとも大事な「共同体(世間)」となる。このため,建設業界における「規範」に従って,業界に属するすべての企業が利益を上げられるように談合によって入札価格を操作する。これは独占禁止法違反であるが,行為者にとっては「業界=共同体」の規範を最優先した,ということである。おそらくもっと上位の「共同体」を意識していればやってはいけないことになるはずだが,この場合は「拡大」が足りない,ということなのかもしれない。

 これに対して中国では,入札を決定する政府実力者の「共同体」の構成員である家族や友人に対して賄賂を贈るという不正が頻繁におこる。政府の実力者は,共同体の一員として,共同体の利益を最優先して仕事をするからである。「共同体」の意識が業界全体や国全体に拡大しないということであろう。

 中国で政府関係の仕事を獲得しようと思ったら,この共同体(ネットワーク)にあらゆる手段を使って入り込まなくてはいけない。良いか悪いかは別にして,日本企業はもっと中国ネットワークへの交渉力をつけなくてはならない,との指摘は多い(そのあたりについて触れた以前のコラム)。

「ヘデラ型社会構造」がもたらすもの

 さて東氏は,こうした中国に独特の共同体=ネットワークを,植物のツルが木に巻きついたり地をはってどこまでも伸びていく様にたとえて,「ヘデラ型社会構造」と名付けている。ヘデラの特徴としては「勝手な方向にツルを伸ばし,ツルとツルの間には,連絡もない。それが群生していても全体としてのまとまりはすこしもない。一本の大木にはならない」(同書p.53),という点を挙げている。

 「連絡はない」ということは,信用するのは自分のツル(ネットワーク)の中にいる人間だけで,他のツルにいる人間は信用していない,ということを意味する。「一本の大木にはならない」ということは,自らのツルの利益だけを考えて業界全体または中国全体の発展に寄与しようという機運が生まれにくいことである。中国の社会構造をヘデラにたとえるのは言い得て妙かもしれない。

 ヘデラ型社会構造がもたらす特徴の一つは,「儲かる分野に殺到する経済」だと東氏は書く。それは製造業にもあてはまる。儲かるとなれば,パソコンだろうが,薄型テレビだろうが,自動車だろうが,一斉に参入する。

ヘデラの育成を促進する「モジュラー化」

 一本一本のヘデラに,欧米・日本の企業がやってきたような垂直統合モデルで製品を開発・製造する力はない。では,なぜ中国メーカーは簡単にどんな製品分野にも参入できるのか。

 第一に考えられるのは,製品アーキテクチャがモジュラー化することによって,水平分業モデルでものづくりが可能になった点がある。基幹部品を購入してきて,組み合わせれば比較的簡単に製品がつくれるようになった。パソコンが典型である。

 さらに中国企業がすごいところは,このコラムでも何回か見てきたように,本来は製品アーキテクチャがインテグラル型の製品であっても,無理やりモジュラー型にしてしまうことにある。その典型が自動2輪車であり,乗用車についてもその方向にある。

 乗用車をモジュラー化するためには,基幹部品のエンジンを外部から調達する必要がある。自動車のエンジンは本来外販するものではなかったが,中国政府は日系メーカーに対して,完成車工場とエンジン工場を別々に認可することによって,日系エンジン工場から中国ローカルメーカーに供給せざるをえないように仕向けた(このあたりのことを書いた以前のコラム)。特に三菱自動車は,26社の中国メーカーにエンジンを供給しており,しかも顧客の要求に合わせてエンジンの設計を調整しているのだという。「三菱エンジン・インサイド」状態になっている。

 もう一つの可能性は,日系企業を買収することでものづくり力そのものを外部調達しようという動きである。これまでも中国企業による日本製造業の買収は行われてきたが,これは序章に過ぎず,今後「米系ファンドも裸足で逃げ出すほどのすさまじい,敵対的な買収攻勢が起こる可能性が高い」(同書p.236)と東氏は警告する。

 ヘデラ型社会構造をベースにしたヘデラ型資本主義では,各企業は業界全体のマーケットも考えずに次々に工場を建てるから過剰生産に陥り,同質化競争と価格競争に明け暮れることになる。そして儲からないとなれば,あっさりと撤退して,次のターゲットを狙ってどんどんツルを伸ばしていく…。ヘデラ型資本主義を野放図に放置した場合の行き着く先は中国経済の自滅となる可能性もあり,そうなれば日本も含めた関係の深い諸国に与える混乱もまた大きい。

「ヘデラ型」から「ネオアメリカ型」へ