馴染みの理髪店でカットをしていたら、担当の方に「白髪が増えましたねぇ。そろそろ染めた方がいいかも」と言われてしまった。「最近は薬剤もよくなって、簡単ですよ」と。そうかぁ、白髪染めかと軽いショックを噛み締めていると、「ただね」と意外な話題を持ち出してきた。

 気付き始めたのは1年くらい前だったのだという。その店は理髪店ながら女性客も多く、髪を染める人も多いのだが、その中に、やたら染まりにくい人が見受けられるようになった。少数のうちはそれほど気にもしなかったのだが、そのうちみるみる増えていって放置できない問題に。これはマズいということで聞き込みを始めたところ、原因はほどなくわかった。「染まりにくい」女性たちは、資生堂のシャンプー「TSUBAKI」の愛用者だったのだ。

 その理髪店の見解では、そのシャンプーには髪をサラサラにするためにシリコーンが配合されており、その皮膜が髪を染めるための薬品の浸透を妨げるのだという。普通の保護皮膜であれば、洗髪すればとれる。しかし、シリコーンの皮膜は強固で通常の洗い方では落ちきらず、染が不十分になったりムラになったりするらしい。

 「理容室泣かせのシャンプーですよ」と店員は笑っていたが、それより何より驚いたのは、売り場に行けば気が遠くなるほど種類のあるシャンプーの中で、「TSUBAKI」がそれだけ女性の間で支持されているということだった。しかも、発売してまだ1年余りしか経過していないのに、である。

 確かに、CMを最初に見たとき「これは、くるかも」と思った。そろそろ今風の茶髪も見飽きていたところに、「長い黒髪」というスタイルを見せられて新鮮に感じたのが一つ。「日本の女性は、美しい。」というコピーもすばらしい。その書体もエヴァンゲリオン風(Wikipediaによれば市川崑の作品風)の極太明朝体で、かなり印象に残るものだった。

 TSUBAKIという日本語をローマ字表記したネーミングもコピーと共鳴していて秀逸だ。そもそも資生堂のマーク自体が美しいのだが(個人的には日本企業のマークとしては最上位にランクしたいほど)、それは「椿」を意匠化したものであり、そのネーミングから「資生堂が威信をかけて世に送り出すのだ」という強い自信を感じて、「なるほど、だからこれだけテレビでCMを流すのか」と納得したものである。もっともこの点に関しては、「古来より日本で毛髪補修成分として愛用されてきた椿油を配合した」という意味で「TSUBAKI」なのであるらしく、本当に威信をかけたのかどうかは定かでない。

 そうか、それほどの大成功だったのかと認識を新たにして調べてみると、そもそもこの商品は、コピーをまず先に決め、それを裏付ける商品を後から開発したものであるらしい。『広告月報』という雑誌で企画担当者が語っているところによれば、「『ビューティーナショナリズム』の到来を予感し、ソリューションとして、『日本の女性は、美しい。』というコピーをまず先に」決めてしまったのだという。

 その手法は技術経営的にみると、「ポスト・リニアモデル」として大変興味深いものだが、それより惹かれたのは、「ビューティーナショナリズム」という耳慣れない言葉だった。たぶん、「日本美を見直そう」ということだと思う。今風にいえば「日本キターーー」ということで、もう少ししっとりと言えば「和の時代」といったところか。

 先日、「日本がきている」という話を川口盛之助氏からもうかがった。彼の現職はコンサルタントだが、長く大手エレクトロニクス・メーカーで家電の開発に従事されていた。その経験を踏まえて著された『オタクで女の子な国のモノづくり』の中で彼は、日本製品は「子供っぽく」「女の子っぽく」「オタク」であると指摘し、それこそが「強いニッポン」の秘密なのであると説く。しかもその志向は、日本語に根ざす日本の文化的本質であると推測している。

 なるほどな、と思う。ポケモンやセーラームーンの例…(次ページへ