連休中のある日,原稿を書きながら(このコラムです)なにげなくテレビをみていると,中国・北京にある国営遊園地がディズニーのキャラクターを摸倣している疑いがあるというニュース映像が流れ,目が点になってしまった。園内にはミッキーマウスやドナルドダックにそっくりの着ぐるみを着たスタッフの方々がたくさんいて来客に愛想を振りまいているが,そのうちの一人が突然かぶり物を脱いで,遊園地を撮影している日本のテレビ局のカメラマンに「撮影するな!」と怖い顔で迫ったのである。テレビ局の取材行為を糾弾するのかと見ていると,なんと「撮影するならこの俺に1回あたり5元払え!」と英語で要求したのだった…。

「ディズニーランドは遠い」

 このテレビ・ニュース番組ではさらに,園内のあちこちに置いてあるディズニー・キャラクターの像や,みやげ物の人形の数々,建物にかかる「ディズニーランドは遠い。○○遊園地にいらっしゃい」と書いてある垂れ幕を紹介。それらを見ながらキャスターや識者の方が,中国の知的財産保護に対する意識の低さを指摘して同番組は終わった。

 確かに「米国文化」の象徴であり,知的所有権に対して厳しい対処をすることで知られるディズニーのキャラクターをベタに摸倣するとはあまりに大胆であり,許されざる行為ではあるが(実際,米ウォルト・ディズニー社は、同遊園地が同社の著作権を侵害した疑いがあるとして同市版権局に告発,キャラクター像などが撤去されることになったらしい),一方でこうした「大胆」な摸倣を生んでしまう背景とは何なのだろうか,と考え込んでしまった。というのは,ちょうどこのとき,冒頭で紹介したようにコラムで「チープレイバー・ギフト」について書いていたからだった。

 「チープレイバー・ギフト」とは,ドイツ証券副会長の武者陵司氏が『新帝国主義論~この繁栄はいつまで続くか~』の中で述べた言葉で,中国の貧困層を中心とする労働者が低賃金労働をすることにより世界経済に付加価値を生んでいる状況を世界経済に対するギフト(贈り物)だとする見方である。

 チープレイバー・ギフトは,当然,貧困層の所得が上がって格差がなくなれば消滅するが,それを享受しているのが,先進国のグローバル企業だけでなく,中国そのものも含まれているために,そう簡単にはなくせないという事情がある。

「米中経済同盟」が背景に?

 それは例えば,中国の人民元を切り上げることができないということに表れている。中国政府にすれば,元が上がってしまうとチープレイバー・ギフトに頼っている経済発展にブレーキがかかるとともに,農業やサービスといった生産性がまだ低い内需型産業が破壊されてしまう。また,もちろん最大のギフトの受け手である米国系グローバル企業にとっても元高は避けたい。そうした意向を受けて,米国政府は中国に対して元高誘導を強く求めていないようだ。こうして中国と米国は「元安誘導=チープレイバー・ギフト活用」という面で利害が一致しており,こうした状況を「米中経済同盟」と見る向きもある(このあたりの事情を紹介したNBonlineの記事)。

 しかしそうした状況における最大の懸念は,チープレイバーから抜け出せない貧困層のフラストレーションではないだろうか。グローバル化が進み,インターネットが普及して,先進国が生んだ様々な「もの」や「コト」に対する知識が着いたにもかかわらず,それらが高価すぎて買えない状況は,蛇の生殺しのようなものだと言えるかもしれない。まさに,「ディズニーランドは遠い」のである。

チープレイバーという「贈与」への「返礼」

 ギフト(贈与)に対してはかならず返礼が必要である,というのは古来からの人間社会におけるルールである。返礼がなければ贈った側はストレスを感じる。冒頭で紹介したディズニー・キャラクターの摸倣遊園地は,低賃金労働という贈与に対する中国なりの返礼ではないかという気もしてくる。さらに,中国における「摸倣(コピー)文化」そのものが,低賃金労働に対する「返礼」という意味があるのかも知れないと思った。

 さらに考え込んでしまったのが,このあまりに直接的で稚拙な摸倣の根底を流れる考え方は製造業でも同じではないのか,ということである。ある国がある技術・産業分野を立ち上げるには,先行した国・企業を摸倣する段階が必ずある。さかのぼれば,日本メーカーは欧米メーカーにやり方を摸倣し,キャッチアップする戦略を採ってきて,追いつき,分野によっては抜き去った。 問題は,このような「模倣(コピー)文化」を持つ中国が先進国にキャッチアップすることができるのだろうか,ということである。

「模倣段階」を脱したのはサムスンのみ?

 以前のコラムで紹介したが,当社が発行していた『日経ビズテック』という雑誌の2005年12月26日号に,横浜国立大学 経営学部教授のチョ・トゥソップ氏が「日本企業からすべてを学んで追い抜いたサムスン電子30年の軌跡」という論文を掲載している。その中で同氏は,キャッチアップ戦略を段階的に,海外から技術を導入するだけの「吸収段階」,リバース・エンジニアリングによって海外の技術を習得する「模倣段階」,習得した技術を改良しながら独自の新技術の開発を進める「改良段階」,自力で新技術の開発ができる「革新段階」の四つに分けている。そして,アジアで日本メーカーを除いて「革新段階」まで進めることができた稀有な例がサムスンだ,とチョ氏は同論文で書いている。

 その後だいぶ時間が経っているので,アジア諸国でサムスン以外でも「革新段階」に進んだ企業はあると思われるが,中国ではそこまで進んだローカル企業はまだなさそうだ。

疑似オープンアーキテクチャへの換骨奪胎