液晶ディスプレイなどのFPD(フラットパネル・ディスプレイ)産業で,台湾の追い上げが急である。続いて中国も名乗りを上げた。台湾や中国メーカーは日本・韓国メーカーの技術を模倣し,キャッチアップする戦略を採っている。先行メーカーの技術を吸収・模倣するのはそう難しい過程ではない。問題はそれをベースに改良を加え,革新技術を開発できるようになれるかどうかだ。そのためには先行メーカーの「ものづくり」を,考え方を含めて深く学ぶ姿勢が必要である。そしてその姿勢は,フロントランナーを自負する日本メーカーにも必要なことである。

台湾で質問攻めに遭う

 先週(2005年12月7日),当社が主催している展示会「FPD International」の台湾企業向けの説明会が台北であり,筆者は「FPDの現状と将来」というテーマで講演した。講演内容は,このほど発行した『日経FPD2006戦略編』に掲載した内容が中心である。

 筆者にとってビックリだったのは,講演後に質問がどっさりと押し寄せ,内容も多岐にわたったことである。「薄型テレビでは,液晶とプラズマはどちらが主流になると思うか?」「有機ELディスプレイが本格実用期に入るのはいつか?」「どの分野でどの程度の市場を獲得するのか?」というのは,ほんの序の口だった。

 部材関連では「バックライト光源の今後の主流は冷陰極管,LEDのどちらか?」「どのようなロードマップでバックライトのLED化は進むのか?」「Samsung Electronics社が発表したカラー・フィルタを使わない方式は主流になるのか?」「将来的にカラー・フィルタはなくなると思うか?」といったディープな質問が続く。質問者の表情は真剣そのもの。あるバックライト・ユニット・メーカーの方はほとんどケンカ腰(に筆者には見えた)で詰め寄ってきた。

 さらに極めつけは,台湾の政府機関の方3人に取り囲まれて「台湾の液晶パネル・メーカーの数は多いと思うか? 合併しなくてはならないと思うか? 合併した方がいいとすれば,どのような組み合わせが良いと思うか?」と自国の企業再編問題について畳み掛けられてしまった。

 さまざまな難しい質問が飛んできて,それぞれ答えるのに苦労したのだが,実は筆者にとって最も答えに窮したのは,これらとは違う質問だった。それは「中国は液晶ディスプレイの技術面で何年で台湾をキャッチアップすると思うか?」というものだった。「キャッチアップ」した状態とはどのようなものか,答えようとしながら考え込んでしまったからである。

1年か数年後に同じ世代のラインを立ち上げる

 中国では,2005年に2社が第5世代の液晶パネルの生産ラインを稼動させた。当初はライン立ち上げに苦労していると見られていたが,2社ともに2005年内に「総合歩留まりを90%以上に上げた」としており,操業は順調に進んでいるようだ。中国メーカーは第5世代にはキャッチアップしたといってもいいのかもしれない。ただし,第5世代ラインは台湾メーカーは2年前,韓国メーカーにいたっては3年前に立ち上げたものである。

 さらに言うと,キャッチアップ戦略を採っているという点では,台湾も本質的には同じである。追いつくまでの期間が短いだけだ。例えば台湾メーカーは,先行する日本・韓国メーカーの1年遅れで新ラインを立ち上げてきた。2001年には第4世代ライン(日韓は2000年),2003年には第5世代ライン(韓国は2002年),2005年には第6世代(日韓は2004年)を稼動させた。さらに2006年には第7世代ラインを計画中だ。第7世代ラインはSamsung Electronics社が2005年に立ち上げたものである。律儀というか計画的というか,ぴったり1年後には同世代のラインを立ち上げている。

 先行メーカーは,未知の新ラインの立ち上げにあたっては,試行錯誤を繰り返しながら製造,生産,管理技術を確立していく。台湾メーカーは,日韓メーカーが苦労して成熟化させた技術を導入することでFPD産業を興してきたのである。そのためには先行メーカーの技術内容とロードマップを知らなければならない。筆者のようなメディアの人間にさえ,必死の形相で聞いて来るのはそうした戦略の表れかもしれない,とも思った。

日本も韓国も,模倣から始めた

 キャッチアップ戦略そのものはきわめて有効な手法であり,決して卑下するものではない。さかのぼれば,日本メーカーは欧米メーカーに,韓国メーカーは日本メーカーにキャッチアップする戦略を採ってきて,追いつき,分野によっては抜き去ったのである。

 ただ,「キャッチアップ」と一概に言っても,いくつかの発展段階があるようである。『日経ビズテック』は,最近発行した号(2005年12月26日,no.10)の特集「後手必勝の法則」の中で「日本企業からすべてを学んで追い抜いたサムスン電子30年の軌跡」という論文を掲載している。筆者はサムスン・ウオッチャーとして知られるチョ・トゥソップ氏(横浜国立大学 経営学部教授)という韓国人経営学者である。

 チョ氏は,キャッチアップ戦略を段階的に次の4つに分ける。海外から技術を導入するだけの「吸収段階」,リバース・エンジニアリングによって海外の技術を習得する「模倣段階」,習得した技術を改良しながら独自の新技術の開発を進める「改良段階」,自力で新技術の開発ができる「革新段階」である。そして,アジアで日本メーカーを除いて「革新段階」まで進めることができた稀有な例がサムスンだ,とチョ氏は言う。多くは「改良段階」にも行けず,「模倣段階」にとどまっているのが現状だという。

「模倣」の限界=技術革新がロックする

 「模倣段階」にとどまっていると何が起こるか。実際,中国は「模倣」に関してはものすごい力を持っている。自動車でもバイクでも家電でも,コピー商品がどんどん産み出される。「製品アーキテクチャ論」で有名な東京大学教授の藤本隆弘氏の分析によると,中国メーカーは,自動車などに使われている専用部品をコピーして汎用部品化してカタログにまで載せ,汎用部品の組み合わせで作れるようにしているのが特徴だという。擦り合わせ(インテグラル)型のアーキテクチャを持った製品の専用部品を汎用部品化し,オープン型のアーキテクチャに変えているわけで,同氏はこの現象を「擬似オープンアーキテクチャへの換骨奪胎」と呼んでいる(『日本のもの造り哲学』,第6章「中国との戦略的つきあい方」参照)。

 藤本氏は,模倣を出発点とする疑似オープンの産業構造では,製品の進化は止まってしまう,と指摘する。技術力のあるメーカーが独自の技術で良い製品を開発しようとしても,開発費用を払わずにコピーからなる汎用部品を使ったメーカーに価格競争で負け,市場から駆逐されてしまう。その結果,例えばバイクで言えば,ホンダのオリジナル・モデルのコピーの世界から抜け出せず,いつまでたっても中国独自の製品が出てこないことになる。同氏はこれを「技術的ロックイン」と呼び,中国が抱える大きな課題だとする。

真似するなら徹底的に精神から学ぶ

 「模倣段階」から先に進むにはどのようなプロセスが必要だろうか。チョ氏は,日経ビズテックに寄せた論文の中で,サムスンが「模倣段階」から抜け出せた理由として,(1)枯れた技術と見られた真空管の技術を導入することで半導体製造技術の基礎を学んだ,(2)部品から完成品まで垂直統合型の事業構造とした,(3)日本に作業員まで派遣して製造工程を徹底的に学ばせた,の3点を挙げる。特に,人材教育について次のように述べる。

 技術の学習や移転の主体は,基本的にエンジニアや現場作業員などの個人であり,技術の知識やノウハウは個人に蓄積されていく。この個人の頭や手先に存在する知識,すなわち暗黙知を組織の知識に転化して定着させる。このようなマネジメントを実行したから,サムスンは「模倣段階」にとどまらずに「改良段階」や「革新段階」へ移行していくことができたのである。

 つまりSamsung Electronics社は,日本のものづくりのかなり深いところから学び,それを血肉として自分のものにしていたのである。ここで冒頭の台湾の話題に戻ろう。この論からいうと,台湾が真の意味でキャッチアップするということは,表面だけでなく,韓国・日本のプロセスを学ぶ必要があるということになる。台湾はそのような深いレベルでのキャッチアップ戦略を採っているだろうか。

 筆者は講演後,ある台湾のコンサルタントの方と食事を共にし懇談した。同氏は,台湾では日本の製造業がいかに新技術を開発し成功したかのケーススタディーに興味があるという。例えば『日経エレクトロニクス』が連載している「Tech Tale」や『日経ものづくり』の「ドキュメント」である。実際,当社はこのコンサルタントにこれらケーススタディーのコンテンツをライセンスし,同社は会員向けに繁体字に翻訳して紹介している。ケーススタディーで紹介される経営者や技術者の考え方,ブレークスルーに至ったプロセスを参考にしているという。このようなものづくりの考え方に学ぶ姿勢があれば,台湾が「革新段階」へ進むことは十分可能であると感じた。

日本にも必要な「キャッチアップ精神」

 翻って日本。韓国が台頭するまでは,長い間,アジア唯一の「革新段階」に進んだ国という驕りの中で,キャッチアップする精神を忘れていることは問題ではないか,という指摘が出てきている。松下電器産業の元副社長の水野博之氏は,前述した日経ビズテック第10号の特集中で「『マネシタ』だからこそ世界企業になれた」というタイトルの論文を掲載しているが,その中でこう言う。

 ここ数年,「キャッチアップの時代は終わった」という意見が国内で目立つようになった。(中略)だが,実はまだまだ学ぶことは多く,多くのビジネスはキャッチアップすべきフェーズにある。だから,「キャッチアップの終焉」を語る前に,まずは「キャッチアップ自体がきちんとできているのか」と自らに問い掛けてみた方がいい。実態はイノベーションどころかキャッチアップすらまともにできていない企業が目立ちはしないか。

 手厳しい意見ではあるが,先行者であり続けるにも,キャッチアップの精神は忘れてはならないのは確かなようである。