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史上最悪のプロジェクトに挑む~硫黄島決戦と栗林中将から学ぶ・その1

2006/12/06 10:16
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 本稿を8月半ばに公開しようと考えていた。だがなかなか書き出せない。前回記事の冒頭で次のように書いたにも関わらず、ついに12月に入ってしまった。

読者の皆様、本コラムの執筆を長らく休んでしまい申し訳ございません。さぼっていたわけではなく、あるテーマについて本を数冊読み、長い文章を書こうとしたところ行き詰まったというのが実態です。内容を考えますと、そのコラムは8月半ばに公開すべきものでありましたが果たせませんでした。ただ、今秋から年内にかけて話題になるテーマでもあるので、なんとか10月には公開できるよう努力致します。

 「今秋から年内にかけて話題になるテーマ」とは、硫黄島と栗林忠道陸軍中将を指す。硫黄島は第二次世界大戦における屈指の激戦地、栗林中将は日本軍守備隊の指揮官であった。上記の一文を書いた9月の段階では、硫黄島戦の死闘を描いた二本の映画が「今秋から年内にかけて」公開される予定になっていた。一本は『父親たちの星条旗』であり、10月21日から開かれた東京国際映画祭のオープニング作品となった。原作は、硫黄島に星条旗を掲げた米軍兵士たちを主人公にしたベストセラー『FLAGS OF OUR FATHERS』である。もう一本の『硫黄島からの手紙』は栗林中将をはじめとする日本軍の面々とその家族に焦点を当てた作品で、12月9日から公開される。二本とも、クリント・イーストウッド監督がメガホンをとった。

 『父親たちの星条旗』の公開前に原稿を書き上げようと思い、「10月には公開」と書いたものの、間に合わなかった。二本目の『硫黄島からの手紙』の公開までに書き上げないと、原稿を抱えたまま越年してしまう。焦った末に、第1回分をなんとか書き上げた。書きたいことが色々とあったため、本稿は数回に分けて掲載する。最後までお付き合い頂ければ幸いである。

 映画の話から始めたものの、硫黄島と栗林中将について書こうと思ったきっかけは、映画ではない。記者のわりに世間の動きにかなり疎いので、イーストウッド監督が『FLAGS OF OUR FATHERS』の映画化を発表していたことも、2005年から今年にかけ、硫黄島戦や栗林中将に関する本が日本で次々に出版されたことも、気付かなかった。そもそも栗林中将の名前すら知らなかった。

 筆者にとっての契機は、『常に諸子の先頭に在り 陸軍中将栗林忠道と硫黄島戦』(留守晴夫、慧文社)という本を読んだことである。同書は1999年から2001年にかけて雑誌に連載された文章をまとめたもので、今年7月31日に出版された。著者の留守氏は早稲田大学文学学術院教授であり、アメリカ文学を専攻している。留守氏が中心となっている勉強会に参加していたご縁から、この本の出版を知った。一読し、直ちに本欄で読者の皆様に紹介しようと決めたものの、インターネット書店で調べてみると、前述したように、硫黄島関連の本があれこれ出版されていることが分かり、留守氏の本で引用されている数点について目を通したいと考えた。

 まず買い込んだのが、『硫黄島 太平洋戦争死闘記』(R.F.ニューカム、光人社NF文庫)と『闘魂 硫黄島 小笠原兵団参謀の回想』(堀江芳孝、光人社NF文庫)である。二冊はともに今から41年前、1965年に出版されたものだが、2005年から2006年にかけ、文庫本として復刻された。『硫黄島 太平洋戦争死闘記』はAP通信のベテラン記者が著した労作の邦訳である。日本人の元AP通信記者が協力しており、日本側の情報も相当盛り込まれている。訳者まえがきによると「日米双方から資料をつき合わせて、この闘いを分析したものは本書をもって初めとする」。ちなみに留守氏が硫黄島と栗林中将について調べようと思ったきっかけは、ニューカム氏の原著を読んだことであった。

 『闘魂 硫黄島 小笠原兵団参謀の回想』は題名通り、硫黄島守備隊の参謀を務めた堀江芳孝氏が書いた回想録である。堀江氏の回想に加え、硫黄島生還者の手記、米軍関係者の手記、栗林中将が家族に送った手紙、遺族の言葉などが収録されており、硫黄島における激戦の状況を様々な角度から見ることができる。最近出版された硫黄島関連書籍はいずれも、何らかの点でニューカム氏や堀江氏の著書を参考にしている。硫黄島の激戦について一通りのことを知りたい方は、ニューカム氏か堀江氏の著書のどちらかを読まれるとよいと思う。

 留守氏の本を読み、硫黄島の映画が撮影中であることを知ったので、『FLAGS OF OUR FATHERS』の邦訳『硫黄島の星条旗』(ジェイムズ・ブラッドリー/ロン・パワーズ、文春文庫)も読もうと買い込んだ。さらに、ここまで来たら、最近出た本は全部買っておこうと、三冊の硫黄島関連本を購入した。『栗林忠道 硫黄島からの手紙』(栗林忠道、文藝春秋)、『名をこそ惜しめ 硫黄島 魂の記録』(津本陽、文藝春秋)、『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』(梯久美子、新潮社)である。

 『栗林忠道 硫黄島からの手紙』は2006年8月に出版されており、今回取り上げた中でもっとも新しい。題名通り、栗林中将が硫黄島から家族に送った手紙を収録している。映画名と同じ題名だが、映画の資料をみると、映画『硫黄島からの手紙』は、『「玉砕総指揮官」の絵手紙』(小学館文庫)に基づくとある。こちらはまだ買っていないが、栗林中将が米国に住んでいたとき長男に送った手紙と、硫黄島から次女に送った手紙が収められている。また、『名をこそ惜しめ』は2005年10月に出版された戦記で、栗林中将ではなく硫黄島で散った兵士たちの奮戦ぶりを描いている。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『散るぞ悲しき』は栗林中将の評伝で2005年7月に発売されている。

 インターネット書店は大変便利だが、本を沢山買ってしまう弊害がある。段ボール箱に入った「硫黄島本」が届いてから、次々に読んでいった。8月以降、硫黄島と栗林中将に関する本ばかり読んでいたことになる。ただし一冊読んでは、留守氏の『常に諸子の先頭に在り』をひも解いて自分なりに考える、といったことをしたため、時間を費やしたわりに、肝心の原稿がさっぱり書けないという事態に陥った。

 硫黄島の死闘そのものについては、映画の紹介記事をはじめ、色々なところで触れられているので、詳しく書くことは控える。悲惨、無惨、凄惨といった言葉を並べたくなるが、二文字熟語で表現しきれない、とにかく凄まじい戦いであった。

 別な言い方をすると、硫黄島戦はおよそ考えうる「史上最悪のプロジェクト」であった。日本軍守備隊が勝つ見込みはまったく無かった。硫黄島は東京都に属し、本土防衛の要となる拠点の一つであったにも関わらず、当時の日本には戦艦も戦闘機もほとんどなく、硫黄島守備隊は孤立無援の状態となり、米軍の戦艦と爆撃機から大量の砲弾と爆弾を落とされ、守備隊の数倍の陣容を誇る海兵隊に攻め込まれた。

 しかも日本軍守備隊は、兵なし、武器なし、食料なし、水なし、といった状態であった。守備隊の兵士は寄せ集めに近く、年齢の高い者が多かった上に、栄養失調と過重労働のため、兵士の多くはやせ細り、本来なら闘える体ではなかった。昭和19年(1944年)7月6日、栗林中将が家族に送った手紙を引用する。

 私も丈夫でいますが此の世乍(なが)ら地獄の様な生活を送っています。真黒に焼けた上自分でも分る程痩せたので、印度のガンジーの様になりました。夜は靴をはいた儘(まま)ゴロ寝することもあり朝は四時前には必ず起きます。食事は乾燥野菜が主のせいか胸が焼けて閉口、汗は滝の如く流れるが清水は絶対になし。蠅と蚊は眼も口もあけられぬ程押し寄せて来ます。

 人が住むことすら容易ではない硫黄島にあって、栗林中将が目論んだのは、できる限り持ちこたえ、上陸してくる米軍にできる限りの損害を与えることであった。そのために、トンネルや塹壕を掘り、守備隊は中に潜んで米軍の上陸をじっと待つ戦術をとった。先に「過重労働」と書いたのは、このトンネル掘りを指す。島の様子を一変させたほどの米軍の猛爆撃の間、硫黄島の守備兵たちは、猛暑の地下にもぐり、トンネルを掘り続けた。栗林中将の戦術は功を奏し、米軍が上陸してから一カ月にわたって日本軍は組織的反抗を継続できた。とはいえ、最後は2万人を超える日本兵が亡くなり、今日でも1万人を超える日本兵の遺体がトンネルの中に埋まっている。

 61年前の1945年に起きたこの激しい戦いと、Tech-On!にどのような関係があるのか。二つのことが学べる。史上最悪のプロジェクトを知ることにより、困難なプロジェクトにどう取り組むべきかを考えられる。さらに、第二次世界大戦における日米両国の戦略戦術の相違から、日本の近代化を巡る問題を考えることができる。一足飛びに結論に触れておくと、近代化を巡る問題の一つに、科学や技術の導入がある。

 『常に諸子の先頭に在り』の中で、留守氏は次のように書いている。

 我國の近代は「國が貧乏にして思ふ丈けの事が出來」ない事に關はる「先人たちの無念」の歴史だった。何をなさねばならぬかを明確に知りながら、國力不足ゆゑになす事ができぬ「無念」の思ひを、吉橋も永田も栗林も、そしてまた造兵界の先人達も噛みしめざるを得なかつたが、(中略)豊かになつた今も、本格的な近代化を沮(はば)む宿命的な要因が残存してゐる。(中略)我々は近代科學を生み出した西洋の思想的・文化的基盤の本質を願慮する事無く、自らに都合の良い「各分野を個々別々に」撮(つま)み食ひしてゐるに過ぎない。それゆゑ、理解は常に表面的であって、當然、傳統的な物の考へ方に本質的な影響をあたへるに至らず、その結果、自前の文化と輸入した文化とは無關係のままに併存し続ける事になる。

 詳細はおって紹介したいが、「近代科學を生み出した西洋の思想的・文化的基盤の本質」は西欧のあらゆる領域に浸透しており、太平洋戦争や硫黄島における米軍の活動にも同一の本質が伺える。というより、戦争という一大プロジェクトにおいて、思想的・文化的基盤の本質が色濃く出る。一方、日本には同一の基盤は当時も今もない。「都合の良い各分野を個々別々に撮(つま)み食ひ」して戦争に臨んだが、米国に完膚なきまで叩かれた。61年後の今、日本は米国と戦争をせずに済んでいるが、経済や技術の領域では激しい競争を繰り広げている。しかし、「豊かになつた今も、本格的な近代化を沮(はば)む宿命的な要因が残存」したままである。玉砕したとはいえ、栗林中将と硫黄島守備隊は、米軍と互角に渡り合った。最悪の状態でなぜそのようなことができたのか。その本質を考えてみることが戦死者2万人への供養と思う。

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